初めての休日 3 パップスと言う謎の種族
少し自信無さげに、でも役に立てて嬉しいという風なブローの説明を、一応聞き流す事はせずに耳を傾ける。真面目に聞いていたからか、あやふやな状態だったスティレットの知識が、頭の中に戻ってきた感覚に、一度持っていたものを奪われて、上から目線で投げ返されるような屈辱を感じた。ブローが悪いわけじゃないけどね。
これ以上この違和感に支配されたくなかったから、さっさと経験値を消費して「武器知識1」と「職人基礎知識1」、「初めての革細工1」を取得。合計、経験値4千消費。経験値はまだかなり余裕があるけど、この取得可能一覧なんか寂しくない?一応魔法方面と職人方面はある程度リストが埋まっているみたいだけど。
私のキャラは覚えられる事が少ないって事なのかな。それはチート的には寂しいと思うんだけど。
そんな
え!?今頑張っている最中?
この世界の法則や独特な知識やら技術を調査したり、思考領域のキャパシティー半分以上をシミュレーターに突っ込んで、既知の技術をこの世界に合わせてカスタマイズしたりと。
忙しすぎて、のんびりポテチ食べながらコーラを飲んで
そっか、世界毎の法則の違いが大きいと、転生時の慣らしに時間がかかるのは知っていたけど、そうやってひとりでコツコツ頑張っていたのね。処理速度はそれなりに速いんだろうけど、リストに一つ能力を増やすのに一体どの位苦労しているんだか……。
ネットワークの共有情報からカスタマイズしちゃえばあっという間だし楽でしょうに。
……ま、いっか。
あ、もしかして取得にかかるコストが大きい奴って、シミュレートに苦労した奴だったりする?
ほら、リストの上位の方、取得コスト数十万とか平気でならんでいるし、百万オーバーや一千万オーバーもチラホラ。これ何時になったらとれるのか想像もつかないんですけど。
今取得した「武器知識1」や、「職人基礎知識1」では、この武器がスティレットと言われるものである事。そして私の希望通りスティレットとしては短めの刀身だという事はわかっても、刀身のゆがみの程度や今後起きるかもしれない不都合までは頭に降りてこなかった。
「パップスって知っているか。小人の豚の獣人なんだけどな。奴らがよく使う武器がそのスティレットなんだよ。
奴らは大人になっても今のお嬢ちゃんと変わらない位の背丈しかなくてな。
それでそいつは、普通のスティレットよりも短くて小ぶりなのさ。ただ、奴らは力はあるからな。普通のスティレットよりも刀身が僅かだが太くて重いんだよ。」
ガチで転生前を含めて一度も聞いた事が無い亜人種の名前に、思わず「人類種の知識1」を取得する。1,000の消費は痛いけど仕方がない。
「直接見た事はねぇけど、確か西門のギルドに所属している下水屋の中には、パップスだけで活動しているグループがあったよな。」
「あぁ、あいつらは不潔な環境に対する耐性が強くないからな。本当に食い詰めている奴くらいじゃないと下水屋はしないが、戦士としては体格に難点があるからな。
ゴブリンのちいせえやつらと戦闘力はたいして変わらねぇ。増える方も奴らとどっこいどっこいだから、滅びずに済んでいるけどな。」
「人類種の知識1」によると、生息地域もゴブリンとかぶっている事が多いため、彼らは人類種の中でもかなり激しく命の奪い合いをしているらしい。
ただ、本来の気性は大らかで優しい。人類種の子供達を見ると、仲間を見つけた様に親し気に話しかけてくる。その愛嬌のある顔に、獣人に慣れていない子供でも警戒感を解いてしまい、気が付いたら一緒に遊んでいたという事もある。
繁殖相手は同族で他種族と交配は出来ない。知能は決して低くなく、戦闘行為で命を失わない限りは人間よりも長寿で、200年近く生きる個体もいる。ただし平均寿命は5~6年を下回る。妊娠期間が3か月で、一度の出産で4~5人産む。生まれた子供は猫みたいに半年で妊娠可能になり、また子供を産む。その勢いでガンガン増えて悍ましい勢いで死んでいく。
まるで自分たちで人口調整をしているかのようだが、最初の数年の繁殖期を終えると、落ちつき始めてその後は必要性に迫られない限り繁殖を行わない。
かれらパップスは個体名を持つものは少ない。多くのパップスが、産まれてから数年で戦死するからだからだが、生き残り他種族と交流を持つようになったパップスの中には、個人名を名乗り始めるものも出てくる。
運よく生き延びれば、経験を経て優秀なクレリックや魔法使いになる個体も極稀に出てくる。そしてゴブリンと違い成長しても上位種と呼ばれるような大型化はしない。
中央側の森で暮らしているパップスたちは、最前線の同胞の為にその知識と技術を総動員して装備を生産し食料を送り込んでいる。輸送方法はその旺盛な繁殖力を生かし、定期的に軍団を組織して混沌勢力へ殴り込む、軍事行動のついでという、過激な方法ではあるが。
各人類種の最前線都市は、彼らの様な各種族と緩やかな同盟を組んでいる。このエステーゼも彼らの定期的な軍事行動に呼応して軍を起こす事が度々あり、その度に生存領域を拡げたり奪われたりを繰り返している。まさに一進一退。
今の私にはどうでも良い知識だったわ。
「そういう事だから、パップスの戦士達は俺達人間よりも死にやすい。武器も使いまわしが原則でな、このスティレットも多分、今まで彼方此方の戦場で酷使されてきたんだろう。
体中傷だらけのパップスが、戦士を引退して西の方のギルドで下水屋の仕事するって言って、うちに売りに来たんだよ。
棍棒か何かを刀身で受けたのか、それとも死んだ奴から剥いできたのかわからんが、買い取った時は折れ曲がっていたんだ。
そのままじゃ売れないから、それほど大した腕でもないけど手習いもかねて俺が打ち直した。
本職じゃないからな、売値も買取の額に打ち直しに必要だった炭代と気持ち分を足した位で、もうけは殆どねぇよ。だから値切っても無駄だぜ。
本当ならただ同然で、買値なんか付けられない状態だったからな。こんなもんだろう?」
予想外に詳しい来歴が聞けたけど、打ち直しても僅かなゆがみが出るほどの損傷か。正直、食指は動かないけど私の今の手持ちで考えれば、許容範囲かな、と割り切ってスティレットの購入を決める。
後は中古の解体用のナイフを見せてもらって、他の道具や薬剤も買い入れる。市場と違ってこのお店では値切り交渉には応じてもらえなかった。
交渉しようとしたら、店主がついっとカウンターに座っているお腹の大きな女の子に視線をやって。
「わかんだろ?これから入用になるし、生まれてくる子供の為にもバリバリ頑張らねぇとならないんだよ。
わりぃが値引きしてやる余裕はない。俺は嫁もガキも絶対に幸せにするって婚姻の神様、ベルトゥーラ様に誓ったからな。
家族第一なんだ、わりぃな。」
店主の声が聞こえたようで、女の子が顔を赤くしてはにかんでいた。10~12歳くらいかな。私とたいして変わらない年齢だよね。うん、良いんだよ。貴女がそれで幸せなら、この世界の常識に態々喧嘩を売るつもりもないんだしね。
粘る気力をなくした私は店主の言い値通りに銅貨260枚渡して会計を済ませ、皆に声を掛けてお店を出ていく。
今更ながらに店名を確認すると看板にはマルロの店と書いてあった。〇炉のお店?オーケーロリコンって意味かな?
うん、とりあえず私の中ではこのお店は危険な場所だと記憶しておくことにする。
なんか色々あってものすごく疲れたけど、これでとりあえず必要な物はそろえた。後は一度塒に戻って荷物を置いてきてから、お昼休みの時間までにパン屋によってお昼ご飯だ。どうせ塒は通り道になる。皆にそう予定を告げると元気よく了承の返事が帰ってきた。
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