初めての休日 2 スキルや知識についてのお話 ってマジかい……

 皆を見送って2度寝してから2時間、そろそろ市場も賑やかになってきて、ボチボチ幾つかのお店が開店準備を始めた頃だろうか。寝ているというよりも暖め合ってお喋りしていただけだけどね。


 最初は私と護衛役のボックとブローの三人でお出かけする予定だったのが、ロナとニカ、それにロナ目当ての男の子3人とニカに気がありそうな12歳の男の子が参加することになって9人の大所帯になっていた。


 本当は同室の子達もあと4人、来たがっていたんだけど、護衛の男の子が準備できなかったから、次の機会にね、という事になった。塒に待機する男子も何名か必要だからさ。皆残念がっていたけど、次の機会に屋台でごはんしようって約束したら、現金なもので直ぐに機嫌を直して笑顔になった。女の子ってこういう所怖いよね。


 屋台のごはんか……頑張って稼がないとね。



 ボックの話によると、一応グループの中の決まりで休日に女の子たちが外に出かけるときは最低でも、女子一人に付き男子2人が付くようにしているんだって。これが壁内ならここまで警戒する必要はないみたいなんだけど。



 手をつないで歩く私達3人を6人の男の子がまるで騎士の様に周囲に展開して守ってくれている。なんとなく気恥ずかしい。ロナも慣れない様で恥ずかしそうにしているけど、ニカはご満悦で自分目当てらしい12歳の男の子、カガンと楽しそうにお喋りしていた。将来男を手玉に取る資質在りと。



 何となくそんなことを考えつつ、市場で手早く着替えと肩掛けのバックを見繕う。手持ちは銅貨465枚と鉄貨11枚。ケリーに借りたお財布代わりの布袋がジャラジャラ重いよ。そっか、お財布代わりの袋も買わないと。


 着替えは二揃え。女衆3人であーだこーだ言いながら予定より少し高くついたけど、それほど襤褸じゃない、少しは可愛い感じの貫頭衣を手に入れる事が出来た。後は血の跡が残っているせいで格安になっている肩掛けのバッグと財布代わりの手ごろな大きさの革袋が売っていたから、それも購入する。


 普通、こういう市場では値切るのが常識みたいだから、下品にならない程度に商人のおっちゃん相手に交渉を始めたら、急に横からロナとニカが割り込んできて結構頑張ってくれた。結果、古着2着については1割近くお値段が下がった。二人とも逞しいね、うん。


 因みにボックは「まだまだあめぇ、最初は6掛けから始めて8掛け迄持っていくのが上等ってもんだよ。」って笑っていた。ロナ達の名誉の為に説明すると1割引きで落ち着いた原因は、初心者の私がよくわからないまま8掛けから始めちゃったからだよ。


 ボックって実は学がある?頭いいかも。環境さえよければ商会とかに奉公に行ってお店とか持てたかもしれないね。世の中ってうまくいかないもんだ。



 兎も角総額、銅貨106枚、鉄貨8枚、円換算で31,960円成り。ここ数日の稼ぎが吹っ飛んだわね。ケリーに払うローブの代金も合わせれば43,960円。残金銅貨319枚鉄貨3枚、約95,760円って所かな。段々懐が寒くなってきた。


 よく見ると革袋の方にも血の跡を洗い流した後があるように見える。道理で革製でそこそこしっかりしているのに安いはずよね。銅貨4枚と鉄貨3枚だもん。



 後で洗浄の魔法でもかけておけばいいかな。いや、魔法が使えるのってバレたら不味い?なんか面倒な事になるかも?


 後で少し考えよう。




 後、必要なのは解体用のナイフとメインの武器。一応今までの相棒ぼうきれを使った戦闘は刺突メインの戦い方だったし、狭い下水路で大振りなんか危なくてできない。


 刺突武器、短めのスティレットみたいなものがあればいいんだけど。魔力かオーラを通しておけば、スティレットの細い刀身でも壊さずにローチを叩き潰すことが出来るだろう。


 ローチってさ、スティレットでチクチク突き刺した程度じゃ死んでくんないんだよね。虫って本当にしぶといから。多少の損傷じゃ動きが止まらない。柄で叩き潰すか、刀身で叩き潰すか。石を投げて体の半分を吹き飛ばすか。それと、本当に嫌だけど足で踏みつぶすのも有効だよ。点じゃなくて面、もしくは衝撃力だね。


 この調子だと盾まで手がまわらないかな。無理して中古の中でも、更にゴミみたいな安物で済ませてしまうのは気が進まない。ローチを殴ったらローチ毎盾が吹っ飛んだ、なんてことになるかもしれない。




 服を見ている間、男共は手持ち無沙汰にしていたけど、これでも手早く済ませたつもりなんだよ。一言「待たせてごめんね。」って声を掛けたらブローが「女の買い物には慣れてるからな、気にすんな。これでも早い方じゃねぇか?」と言ってくれた。


 カガンとボックはブローの顔を見てから苦笑している。はてな?隣にいるロナが複雑な笑顔を浮かべている。昔何かあったかな。


 なんだかよくわからないままとりあえず市場を後にして、職人街にあるケリーおすすめのお店に入る。武器、防具問わず中古品を専門に扱っているお店で、自分で手入れできるように色々な道具も置いてある、駆け出し冒険者御用達のお店だ。



 ついでに職人が使うような道具や薬剤も置いてあるらしく、店の中には僅かに独特なにおいが漂っている。ここならついでに、革を細工する道具を手に入れることも出来そうね。最低限必要な物は革用の針と糸。それと硬化作用のある接着剤。出来れば形を作る為の土台。でもその辺は他のもので代用できるし、革の切断や他の物も魔法、その他で代用できる。


 どうしても欲しいのは針と糸と接着剤だね。



 お供でついてきた私達の騎士団も、古着屋よりはこのお店の品揃えに興味があるようで、私達から離れてしまう訳では無いけど、店内の商品に目を取られがちだ。店員はお腹の大きな女の子がカウンターに一人とその周りで作業している中年の男性が一人。ここもロリコンに汚染されているのか。


 そろそろこの世界の常識をスルー出来るようにならないと生活するのが辛いかも。



 「お店の中なら危険はないだろうし、実際の武器を見て目を養うのも冒険者としては必要でしょ。お店を出る前に声を掛けるから、好きに見てきていいわよ。」



 私の言葉にブローとカガン以外は了承して思い思いお店の中に散っていく。お店はそこそこの大きさのある作りだったけど、店員から見て死角になる様な所が無いように、見渡が良くなるように作られているから、こんな場所で誰にも見られずに人さらいが出来るとは思えない。



 「俺らは別にみるもんねぇし、エリーはこういう所初めてなんだろ?教えてやれる事があるかはわかんないけど、とりあえず近くにいるよ。」



 「そ?別にいいけど。」



 ブローに教えてもらう事は特には無いと思うけど、ま、好きにしてもらう事にする。



 カガンはさりげなくニカの近くに陣取っている。振り向いたニカと目が合ったみたいでカガンはさりげなく目を逸らした。もぉやだよぉ、こんなこっぱずかしい青春模様みせられちゃ、おばちゃん我慢できずにニヤニヤしてしまうじゃない。


 思わずおばちゃん化してしまった。


 ふと視線を感じ後ろを見るとブローが私の後ろで商品棚の防具に目をやっていた。その後ろからロナが私達をニヤニヤしながら見ている。ふむ?なにか楽しい事でもあったのかな。



 様子のおかしいロナは放っておいて、先ずは解体用のナイフとメインの武器だ。とはいってもこの手の目利きに関しては、こちとら本職だ。ざっと一通り眺めてみれば物の良し悪しなんて一目で……おおぅ!?



 あれ?え!?


 なんか皆おんなじに見えるよ?さっきまで頭の中にあったはずの武器の知識もあやふやで、どういう風に使う武器なのかとか、そんな当たり前のことも頭に浮かんでこない。



 これはまさしく緊急事態。何やら魔法攻撃でも受けたのか精神干渉されているのか。ん、んん!?


 ……ん~……んぁ?


 あぁ、これ分霊わたしから精神干渉受けてるわ。え、どゆこと?



 え?個体わたしはまだ武器や革の加工、細工に関しての知識を取得していないでしょって、どゆ意味?分霊わたしはその辺りの知識や技術も本業だったよね?え、何でさっきまで頭の中にあった知識が無くなっているの?


 この世界で新しく知識と技術を習得しろって?それ本気……?



 本気……みたいね。


 あぁ、だからTRPGがどうとか言っていたのね。


 1日暮らして働いて、いろんな人と話をして勉強して。人生を経験して知識を蓄えて1日を終える。その内容を分霊わたしが判定して経験値報酬らしきものがもらえる、と。


 うあぁ~……マジで1日で区切ってシナリオにして経験値振っていたんだ。おそらく1日毎に振られる経験値はそんなに多くは無いんだろうけど。そこまでするなんて、分霊わが事ながら引くわぁ。



 そして経験値を消費して、欲しい技能を取得しないと、必要な時に今の様に何も知らない人と同じような状況になる、と。



 え、ね?ちょっとこれ、魔法についても制限掛っていたりするの?それはちょっと洒落にならないんだけど?え!?


 個体わたしのキャラメイクはオールマイティの魔法戦士寄りだから初歩的な戦闘技術の幾つかと、同じく初歩の魔法と治療魔法は制限掛けていない?


 てことは、RPG的に成長して魔力が上がっていっても、その辺の知識と技術を取らないと、宝の持ち腐れって事ね。うっわ、これ……知識、技術の取得に必要な経験値えぐくない?1日でもらえる経験値ってどのくらいあんの?


 あぁ、うん。そうか~……。この仕様ならそうでもないかな。1日で結構もらえてるじゃん。自分なりに研究したり冒険すればもらえる経験値も増えると。勉強した内容も身についてその他経験値ももらえるのか。


 まぁ、確かにこれなら。師匠無しで0から成長して、この速度で技術を取得できるなら文句なしにチートだよね。世の中の皆がこんなペースで学べたら、数か月で鍛冶屋のグランドマスター量産できるわ。そうかぁ~……。


 つまり、戦闘経験とかで基本的なステータスが上がって、技術、技能、知識はシナリオをこなしていって経験値を貯めて取得する。


 吸血や吸精することでバイタルの回復と基本ステータスの強化率が上がるって事なのね。


 

 え、奇跡?いや、良いわよ奇跡の方は。この世界の奇跡ってマジめんどいし、全部魔法で事足りるじゃん。毎日お祈りして神様、邪神様からお力をいただいて、少しずつ使いたい奇跡を貯めるってどんな拷問よ。


 1神様1日一発リロードOKってなったとしても、冒険前に必要な量の奇跡をリロードすんのに一体何日掛ければいいのよ?いくら魔法使いの才が無い一般人でも、努力と信心次第で使えるっていっても、それは勘弁してほしいわよ。


 え?ちがう?与える方!?分霊あんたが?なに、この世界で神様にでもなるの?分霊わたし。ないわー、それはないわ。言ってみただけだよね?どっちかっていうと邪神の方が近いだろうしさ。え……なんで怒っているのよ、分霊あんた


 まじかぁ……。神様かぁ……。まぁ、まだ遠い未来の話だよね。うん。



 と言うかさ、何でギリギリになるまで教えてくれなかったの?せめて昨日の夜に教えてくれてればこんなに動揺しなくて済んだんだけど。



 思わずパニックになってキャラが壊れたじゃないの。



 「ん?やっぱり最初はどの武器が良いか分からないよな。なにか相談があるなら聞くぜ?」


 

 何故か目を輝かせながら話しかけてくるブロー。少しだけ私達から距離を置き始めるニヤケ顔のロナ。今だ混乱から立ち直れず、ついつい目の前にあった、喉まで出かかっている武器の名前をブローに聞いてしまう私。



 「こいつはたしかスティレットっていう刺突武器だよ。相手が鎧とか着込んでいて普通の刃じゃ刃が立たない時に、鎧の隙間を通す武器、って前に教えてもらった事がある。エリーの戦い方には丁度合うんじゃないかな。


 こいつもそんなに悪い品じゃなさそうだ。ほんの少し刀身が歪んでいるように見えるけど、まぁ、中古だしな。この値段なら悪くないんじゃないかな。」



 絶望した。ついさっきまで買おうと思っていたはずの武器を、目の前にして名前が浮かばないどころか、それが目的の品であった事すら出てこない完璧な知識統制に絶望した。


 まぁ今まで蓄積された経験値で、必要な知識の取得は出来そうだから、致命的な事態にはならなそうだけどさ。


 これ、思ったより時間かかるかも。指名依頼出される前に間に合うかなぁ……。

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