初めての休日 1 冒険者というモノは
日が昇らぬうちから、仕事に出かけていく仲間達に手を振り今日一日の無事を祈る。この仕事を始めてから、初めて塒から皆を見送る事になった。割り切れたわけじゃない。普通に心配だから、さっさと用事を済ませてお昼までにはあの河原に顔を出そう。
私達下水屋の朝は早い。と言うかこの世界の1日の始まりは何処も早いよね。壁の内外問わず仕事を持つものは皆、日が昇る前には起きて動き出す。農村でもそうだったし、冒険者の様な人達も前日に深酒でもしていない限り、日が昇る前には起きだして1日の準備を始めているだろう。
日が落ちてから何かをするには、灯りの油代がかかるから皆さっさと寝てしまう。油は意外と高いのだ。ならば魔法を使えばいいのかと言えば、魔法の方はもっと難しい。魔法や奇跡を使える者はそれなりに希少で、魔法の品はさらに希少価値が高いのだ。この世界では
そもそもお金があれば必ず買えるというようなものでもない。魔道具や魔法の品などを作れる技術者は数少ない。魔道具作成の技術を取得するためには、生まれつきの特殊な才能が必要で、その才能は魔法使いの才を持つ者より希少だ。
今はエルフや不死者等、長命の種族の技術者が辛うじて秘術を伝えている現状で、近い将来には魔道具作成の技術が途絶えてしまうだろうと言われている。そんな状況で、灯りの為だけの魔道具が新造される機会は殆どない。
手に入れるためには現在持っている者が手放すか、ダンジョンの宝物から手に入れるくらいしか方法はない。そのダンジョンでも魔法の品という物は早々出てくるものではないし、狙ったものが出てくるわけでもないので、この手の品は目が飛び出るほど高価になっていく。
てか、ダンジョンかぁ。ダンジョンって何なんだろうね。この世界での役割、生成・消滅のシステムとかは、転生前にした軽い調査の時に何となくわかったんだけどね。この世界に限らず本当に謎の存在だよねぇ。
ちなみにこの世界の魔法使いや、僧侶が使える
まだ確かめた事はないけど
灯りが貴重であるから、日が暮れればさっさと寝るのが一般的なのだ。まぁ、繁殖優先の社会体制のようだから、暗くなってからでも出来る事をせっせとしてから寝る、という事も多いかもしれないけど。夜が早ければ朝も早くなるのは道理だろう。
ただ、お店はそんなに早く始まらない。準備もあるし、ある程度人通りが増えてから開店しないと無駄にお店を開ける事になってしまう。早くからやっているのは、私達の様に日も登らぬうちから外に出る冒険者や、職人の為にやっている食堂や屋台くらいで、市場ももう少し時間が経ってからでないと開かない。
日が昇って1時間くらいしてから市場が立ち始め、ボチボチ人通りが増え始めたらお店があき始める。ギルドは流石に冒険者と同じように日が出るころには受付に人が詰めているし、下水屋の監督員は各グループ員よりも早くに現場に詰めている。
屋台かぁ。串焼き以外では何があるんだろう。ここしばらく、あさはんなんか食べられなかったから、久しぶりに朝からお腹を満たすのも悪くないけど、皆お腹を空かせてお仕事してるんだよね。やっぱりお昼まで我慢しよっと。
昨日のうちにケリーが声を掛けておいてくれた男の子達に話しかける。二人とも私より年上のようで昨日まで4連勤をこなして、今日と明日は休む予定だそうだ。
「まだ出かけないけど、今日はよろしくね。お昼ご飯くらいは奢るからさ、楽しみにしててね。」
「年下のエリーに奢ってもらう程困ってねぇよ。変な心配しないで、ゆっくり休みを楽しみなよ。」
「俺たちは護衛部隊やって長いからな。それなりに蓄えはあるから懐はエリーよりも暖かいんだよ。一冬、二冬なら楽に越せるくらいにはな。それにデートの練習みたいなもんだしな。昼飯位は自分で何とかするさ。」
「でも私の装備を買うのに付き合ってもらうんだもの。いくらデートの練習って名目でも悪いわよ。それに、二人もいつかは正式登録するんでしょ?貴方達も自分の装備の事を考えなきゃいけないだろうしさ。
それなのにせっかくのお休みを潰して、私を助けてくれるんだもん、お昼くらいはご馳走させてもらうわよ。」
「いやいや、本当に気にすんなよ。年下の女の子に奢ってもらっても、情けなくなって飯が喉を通らねぇってもんだよ。俺たちの事はちゃんと自分で色々と考えてるから気にしないでくれ。
それにな、痛むから下水には持っていけないけど、もうある程度は装備も揃えているんだよ。
ケリーもそうだけどその気になればいつでも正式登録できるんだ。ギルド職員の推薦はもうもらっている。だけど俺達がごっそり抜けるとグループで死ぬ奴が増えるからな。正式登録しても駆除で入る事は出来るけど、そんなに長いこと下水に入れる訳じゃないからな。」
「身長が伸びないでチビのままで良かった事って、このくらいだけどな。ケリーでギリギリだ。
だけど、冬の間に随分と育っちまったからな俺達。多分、後数か月もしたらケリーも俺達も下水屋は出来なくなると思う。流石に頭がつっかえるようになっちまったら、駆除で入るわけにもいかなくなるしな。」
「だから俺達、エリーには期待しているんだよ。多分夏ごろには護衛組の主力張っている6人位は下水に入れなくなる。
お前ならケリーの代わりにグループの頭を張れるだろうし、つえぇからみんな安心できるだろ。
あ、心配すんなよ?指名依頼の件もあるしな。グズグズしていらんねぇのはわかっている。
エリーがあっという間に正式登録になったとしても、その時はその時だから気にするなよ。」
「できれば正式登録しても、しばらくは駆除で入って皆を守ってくれると心強いけどな」
いや、ちょっとそれって人情を盾にした強制イベントじゃぁないですか。やだぁ……。
冗談口調で楽しそうにニヤニヤと、二人で掛け合いをしながら話しているけど、多分心底真面目な本音なんだと思う。だって目の奥が笑っていない。でも本気で私の選択を拘束しようともしていない。藁にも縋るって奴なのかな。
何年、そうやって皆を守ってきたんだろう。その前は何年守られてきたんだろう。そして守り切れずに何人失ってきたんだろう。
多分、彼らも先輩たちに託されたんだと思う。その先輩もそのまた先輩達から。
ラットやローチ達は、装備がちゃんとしていれば、戦いなれた冒険者にとってみれば強敵ではない。というか雑魚だろう。
彼らも装備は既にそろえていると言っていたし、ラット共に特化して何年も戦闘経験を積んでいる。でも下水に常に浸かるような場所に持っていけば、皮装備だろうが鉄製だろうが直ぐに痛む。その装備を修繕し維持できるような収入はこの仕事では得ることは出来ない。
ケリーがダガーを下水に持ち込んでいるのは、護衛部隊リーダーとしての責任感からかもしれない。
自然、仲間を守ろうと下水屋で働くなら、装備無しで危険に挑まなくてはならない。碌な装備一つも無く命懸けで仲間を守る。気を抜けば足を食われ、手を食われ死に至る。
手足を失った後、生き残れたとしても大変だ。この仕事でいくら溜め込んでいたとしても、四肢欠損の治療を受けられるようなお金など溜まる筈もない。それどころか負傷した状態で下水から逃げ出す事も出来るかどうかわからない。窮地に追い込まれた時に頼れる人なぞ誰かいるのだろうか。
だって、その下水屋のグループで一番の戦力が自分達なんだから。
成長は、そんな彼らにとって解放の知らせであり同時に追放の責め苦なんだろう。仲間達を見捨てる事になる罪悪感。
それは後に託せる仲間がいれば多少なりとも和らぐ。ただ、その仲間に負担を懸ける事がまた心苦しくそれが彼らを苦しめるのかもしれない。
正式登録をして冒険者として活躍して援助する。そんな事のできる余裕のある冒険者等、本当に一握りの奴らだけだろう。私は知っている。ギルドのおねーさんも言っていたよ?
冒険者は正式登録して外で働き始めると1年以内に半分は死ぬって。
ケリーやこの二人だって例外じゃないだろう。皆を助けられるようになれるまで、彼らが生き残っていられる可能性は少ない。ましてや他者を救う程の財を得るなど……。
この厳しい現実の中、下水屋はまだ微温湯に等しい環境なのだ。
彼らの冗談口とにやけ顔、そしてその瞳の奥の本当の気持ち。
いや、考えすぎかもしれないけどね。
ふと二人から目を逸らすと、出勤組を見送る為に起きだしてきた幼年組の子供たちが何かにすがるような目で私を見ている。それに気が付いた年長組の2人が、気まずい顔をして手を振り皆を解散させる。
そうか、引退か。仕事を始めてからずっと働く事に一生懸命で、そんなことに気が付きもしなかったよ。ケリーの身長を見て下水路に入るにはちょっとギリギリかなとは思ったけど、こんな深刻な事情が隠れていたなんて考えもしなかった。
出かけるときには声を掛けてくれよ、と何かを誤魔化すように話を切り上げて二人は自分たちの部屋に戻っていく。
確かにまだお店を冷やかしに行くには早すぎる時間だしね。市場にももう少し早い。
私は解散してしまった幼年組の後を追うように自分の寝床に足を運ぶ。多分、ロナとニカは寝床に戻ってもうひと眠りしているはずだし。私も彼女たちに少しだけ温もりを分けてもらおう。
そうだ、今日のお出かけ、護衛の二人が良いと言えばロナ達も誘っちゃおう。もしかしたら他の男の子もついてくるかもね。ロナ目当てっぽい子も何人かいるみたいだし。
急に色々と難しい事が増えてしまった。頭をぶんぶんと振って、袋小路に入り込んでしまった思考を追い出そうとする。
でもそう簡単に出て行ってくれない。
もう少ししたら、ケリー達が下水屋から居なくなる。一年もしたら死んじゃうかもしれない。私がいなくなるとロナもニカも皆も死んじゃうかもしれない。
でもソロでお金を貯めて装備を作って正式登録しないと貞操の危機がやってくるかもしれない。既に危ないおにーさんに目を付けられてしまっている。
ケリー達がいなくなってからソロなんかしたら、その間誰もロナ達を守れない。いや、現実はそうじゃない。ケリー達が主力と言うだけで他にも頼りになる子達もいる。
だけど最大戦力がごっそり抜けてしまって私までいなくなったら、少なくない被害が出るのは想像に難くない。
「寒いよ~、混ぜて~。」
二人の間に割り込むように身体を滑らせる。何も言わずにニカは私を抱きしめてくれて、私はロナを抱きしめる。いつものスタイルだけど、気のせいかニカの抱きしめる力が少し強い。ロナも私の手をさするのではなく、彼女のおなか辺りに来ている私の手の甲に合わせるように握ってくれている。
でも二人は何も言わない。言えないのかもしれない。ただ、だからこそ二人の気持ちが温もりを通して伝わってくるような気がした。
「ねぇ、今日のお出かけさ。ボックとブローが良いって言ったらだけど二人も一緒にいかない?お昼ごはん奢っちゃうから。」
二人が無言で手に力を込めて……無言だったけど良いよって言ってくれた気がした。
私に切れる札は、何があるんだろう。私は何をしたいのだろう。私に何が出来るんだろう。
本当に、久しぶりに知恵熱が出そうになるくらい、頭をグルグルにして考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます