赤い人

 あの後暫くの間ぎゃーぎゃーうるさかった貴種のお供さん達も院長先生が、何かを告げた後急に鳴りを潜めて静かになった。赤い人はローブをフードと薄衣を外してゆったりとお茶を飲みながら色々と説明してくれた。


 彼も恐らく貴種だと思う。年は15~6歳かな。栄養状態が良いのか身長は170センチ近いけど顔が幼い。某赤い人みたいに金髪で結構かっこいいな。サングラスか仮面をつけて名セリフを言ってほしい。声質は似ているけど若々しいんだよね。


 私の性別が純粋な女だったらポーっと見惚れていたかもしれない。



 「何か私の顔についているかい。」



 やば、つい見惚れてた。いや、これは某赤い人を思い出していたからってだけだから。


 もちろん、私もお茶を飲むからには彼と同じようにフードと薄衣は取っ払っている。付けたままでも飲めないわけじゃないけどね。正体を隠さなきゃいけないんじゃないか、と思われるかもしれないけど、院長先生と囮役の赤い人と今日、私の身代わりになって治療院に通勤した女の子は私が何者かは了解している。



 「いや、先程のお話が良く飲み込めなくて、ちょっと考え事をしちゃって。」



 わかりやすい誤魔化しだけど、根が意地悪じゃないのか素直にその誘導に乗ってくれる。


 

 「あぁ、彼らにとっては魔法行使者の正体は分からないからね。常識で考えてもまさか田舎から出てきたばかりの村娘が、治療魔法使いで自分たちを救ってくれた等考えも及ばんさ。」



 「彼らにとって私は、熟練かつ歴戦の魔法使いに見えている、と。」



 「私の声を聞いていたとしてもね。偉大なる魔法使いは種族を超越して寿命も克服する者がいるから。人間種で300年生きた魔法使いの伝説とか聞いたことは無いかい?」



 「おとぎ話でなら姉から。」



 「作り話ではない。強力な力を持つ魔法使いは、下手な貴族よりも影響力、権力を持つ。上位の貴族や王族だって彼らには遠慮する。


 治療費が直ぐに支払えないという醜聞を隠す事なんかよりも、僅かでも直接、偉大なる魔法使い様に弁解したかったんだろうな。」



 ふむ、という事はもしかしたら何の問題もなく治療を拒否できたって事なのかな。ちょっとその辺の事情が複雑だけど、私と院長先生との間で何か行き違いが発生した可能性が高いね、これ。


 行き違いの種はお金が必要、って辺りかな。この世界、命が軽いからなぁ。普通にお金の為に命を懸けるのは当たり前で、それでおっちぬ話もよくある話だし。



 「偉大なる魔法使い様の不興を買えば、その一族ひっくるめて今後助力を願う事がかなわなくなるかもしれない。しかも高位治療魔法が使える魔法使い様だ。必死にもなる。」



 「支払いは心配しなくても大丈夫みたいですね。」



 「あぁ、周囲の貴族から借金してでも意地で払うだろうな。我がエステーザとしても、彼らを追い詰めたい訳では無い。中央出身の貴族家で彼ら程真摯に前線都市に協力してくれる家はそれほどないからな。


 自分の愛娘や後継者すら冒険者の駆除隊に参加させて、魔の森で戦わせるなんてな。」



 つまり、あのお嬢様は中央側の貴族のご令嬢で、態々魔の森迄混沌側と戦う為に出てきたと。良い心がけだとは思うけど、無謀な気もする。周りに余計に迷惑をかけているんじゃないかい、それ。


 だけど赤い人の話だと、そこまでする貴族や国はあんまりいないけど、それでも全くいないわけじゃないみたい。安穏と暮らしていけるはずの中央の国の人達は、私達が思う程平和ボケしているわけじゃないらしい。


 むしろ今までの歴史で、安全地帯だからとのんびりしていたせいで、前線都市を突破されて滅ぼされた地域が彼方此方にある事を学んでいる為、自分たちの家族を守る為個人レベルから貴族、国レベルで前線都市に戦力、財力を送るのが当たり前になっている。



 無論、程度の差はあるんだろうけど。パップスの様に種族毎全突っ張している奴らもいれば、エルフの様に戦闘に特化した一部の人員を送る方法もあるんだろう。


 この前聞いた話だとこの世界のエルフ達、出生率結構高いみたい。多分、出産頻度が令和世界の人間よりも多い。長生きさんだから生涯出産数はとんでもない量になりそうだけど、それでも全体数が増えていないという現実。


 100歳どころか40歳にも満たない幼いエルフが、戦闘に傾倒した教育と訓練を詰め込まれて前線に立ち、命を落とし続けている。30歳にもならないエルフが、次代を産む義務を果たして子を育て40歳前には前線に出る。とても長命種とは思えない異常な事態。


 長い期間戦い、経験を積み生き残った僅かな者たちが里に戻り、更に子を産み技を末に伝える。その頃には最初の子達は既に前線で命を落としている事も珍しくない。


 人間や他の亜人種も似たり寄ったり、という話はここに来てからよく耳にする。分霊わたしを通じて巡る大量の命、その量や質を見るに、多分混沌側も似たり寄ったりの状況なんだろうな。


 うん、この世界はいるだけで目的を果たせる良い世界だ。そしてそんな自分に嫌悪感が……。まぁいつもの事だよね。



 「おそらく治療費の半分はエステーザの辺境伯が持つと思うよ。支払いもそれほど待たずとも君の口座を作って、そこに伯が立て替えて振り込むだろうね。」


 

 いくらくらい振り込まれるんだろう。骨と肉だけでハム一本分くらいは再生したからなぁ。最低でも銀貨200枚。四肢欠損の治療で銀貨1000枚近く動くんだから、今回はそこまではいかなくても間を取って銀貨600枚くらいは振り込まれるかな。


 500枚だとしても6千万円だよ?少し前の懐状況から考えると信じられないよね。


 口座ってどうやって作るんだろう。それとどうやってお金おろすのかな。それよりも何よりもギルド職員から色々バレそうな気がするんだけど、今更なのかな。


 うーん?



 「それって私の正体とかバレないかな。」



 「辺境伯側は既に君の事を把握済みだ。だから私がここにいる。


 口座の開設自体は正規ギルド員であれば問題ない。手間の関係で少額での利用は出来ないから、中堅以上の冒険者じゃないと口座の開設なんてできないがね。


 少なくとも今回の件で情報が洩れるようなことは無いだろう。だが、いずれは漏れるさ。その時までに君は君自身の力を示し立場を確立できると、私は考えている。


 リッポも同じ考えだ。」



 リッポ?あぁ、院長先生か。


 何となくまた時間に追われるような焦燥感が湧き出てきたんだけど。だから私がここにいる、かぁ。


 もしかしなくてもこの赤い人、辺境伯の身内、もしかしたら息子さんかもしれない。目的はもちろん私の取り込み。監視って線は弱いよね。嫌だなぁ、気が付いたら柵が足元に絡みついてくるような感覚。



 いやさ、別にいいんだよ。妹と私の貞操が守られるなら、貴種に飼われても。ある程度狩りに行く自由と好きなこと出来れば、たまに力を貸すことくらいで色々な面倒ごとからフリーでいられそうだしさ。


 腹の中がどんなんだかは分からないけどこの人、良い人に見えるんだよね。優しいし、少なくとも笑顔は爽やか。


 この人が飼い主になるなら、悪い事にはならないだろうし。


 でも名前教えてくれなかったしなぁ。



 ん?という感じで赤い人が此方に視線をくれる。



 「手っ取り早い方法は、街で荒くれども相手に一発かます事だがね。一流所を10人も半殺しにすれば、もう誰も君にちょっかいをかける奴はいないさ。やるかい?」



 冗談だよね?


 爽やかに、にこりと笑う赤い人を横目に窓から外を眺めて現実逃避していたら、治療部屋に誰かが運び込まれる物音が聞こえた。赤い人と顔をみ合わせて表情を引き締める。



 「さて、お仕事と行きましょうか。」

 

 

 「了解した。」



 お互いに薄衣とフードを被り、準備を整えると休憩室から治療室隣に移動する。


 本日残りの患者さんは腕の解放骨折2名に足がひしゃげちゃった人一人。それと多分これが一番重傷者だけど背骨が逝っちゃって動けなくなった人。


 怪我の状態にもよるけど、職員さんが教えてくれた見積もりだと来院の順番に銀貨で30,28,35,55くらいみたい。怪我の具合を銀貨に例えて話すのは、人として問題だと思うけどさ。今はまだ頑張って稼がなきゃいけないから、大目に見てほしい。



 医は仁術?馬鹿言っちゃいけないよ。医は仁術かもしれないけど、無料で助けてもらえるほど世の中、やさしさに溢れてはいないんだよ。


 それに治療魔法に関しては、偉い人は何も言っていないし~。


 あらゆる価値観や判断基準があるから何とも言えないけど、お金が稼げるのは社会的な価値を示す一つの方法で、それを判断基準にしたり、対価に求めたりするのは非難される事じゃない。


 令和日本じゃやり過ぎると後ろ指さされるけどね。



 最初に運んでもらったのは背骨が逝って動けなくなった人から。万が一があって手遅れはヤバいからね。


 さぁ、バリバリ稼ぎますか。

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