新しい力と知識

 流石院長先生、何も考えていないわけが無いわね。事前情報からもう一つの可能性も考慮していたのか。そして多分、2つ目を選べないことも理解、しているみたいね。苦虫を噛み潰したような顔しているし。



 「誰も聞いたことの無い、治療魔法を使うには、相応しい状況じゃないですよね。明らかに短くなった右手を見て激高する家臣さん達に切られたくはないですし。」



 「説明も出来んしな。何度もあれらがここに来るのはご免被る。だとするとやっぱりぶっ倒れる方法しかないわけか。気が進まんが。」



 「少しだけ時間をもらえますか?数分でいいですから。事前にも事後にも説明はしませんが、何とかなるかもしれません。」



 そう言うと、目をつぶり精神を集中する振りをしながら能力取得のリスト一覧に目を通す。院長先生と囮の職員の切なげな溜息が聞こえてきた。



 「こんなちいせぇ子供に命を懸けさせるなんて、因果な商売だな。」



 「この子に力を与えた神は、何を考えてこのような試練をお与えになったのか。」



 「何も持たぬものであれば、意に沿わぬ者の妾にはされたかもしれんが、身の危険にさらされることは無かったろうにな。


 諦めて田舎で子を産み、育て、天寿を全うできるだろうに。」



 ええぃ、黙れ!気が散るし、大きなお世話だ。私は幼児性愛者に身を任せるつもりも、そいつの子を産むつもりもないのだ。勘弁してほしい。


 もしかしたら目をつぶって上を向いている私を見て、命を懸ける覚悟を決めていると思ったのかもしれない。幼子の命を散らすかもしれない。それでも無下にできないのが貴種からの依頼。


 才能があり、将来性があるとはいえ田舎から出てきた小娘の命一つと、貴種の娘の右腕一つ。未だ立場の弱い小娘がこの件で使い潰されたとしても世間はそれを是とするだろう。


 人情は置いておいても。それはわかっているから、ちょいとおまいら黙りなさい。




 ざっと見渡したリストから幾つか欲しい能力をピックアップして即取得していく。


 「基礎魔法レベル5」、「魔法技術向上2」、「魔法技術向上3」「魔力操作4」「治療魔法の理解と発展1」、「治療魔法 偉大なる治療」、ついでに「治療魔法 軽傷治療」も取得しておく。その代わりに今回もたまったシナリオ経験値のほとんどが吹っ飛ぶ。


 でも多分、おてて接合と他の人達の治療で結構経験値稼げるから良しとしよう。



 能力取得の際に変なエフェクトが出るような仕様じゃなくてよかったよ。もし今の状況でペカペカ光始めたら、明らかに間抜けだし理由の説明も出来ないしで、皆から不信を買ってしまう。


 キリっと目を見開いて視線で院長先生に合図する。患者さんは意識があるし、あんまり大きな声を出したら術者が赤いローブの人じゃないとバレちゃうしね。赤ローブの人男の人だから一発でバレる。


 仕切り壁の向こう側から通された切断された右腕と、止めきれず血が垂れてきている傷口を助手の態である程度隙間を開けて位置合わせを始める。



 毎回そうだけど今回も今世初めての大治療。ディア様だっけ?痛みで辛いだろうけどもう少し待っててね。取り戻した感覚と知識を自分の中でかみ砕いて吸収する。今までと違ってくる感覚を調整して、魔力を練る。


 うん、「救いの抱擁」よりもコントロールは簡易な魔法だし、諸々上昇した能力のお陰で印を必要としないレベルで使える。これなら「救いの抱擁」を印無しで行使しても死にはしないと思うけど、この後まだ4人さん、ちゃんと報酬払える患者さんが待っているんだよね。


 私としてはそちらの方を優先したいから、ぶっ倒れている暇はないのよ。お客様は神様ですとは誰のセリフだったか……。確か芸人か歌手だった気がするけど。芸能関係には興味なかったから覚えてないの。


 確か3人組で両脇の人に叩かれる役の人だったっけ。いや、違う気がする。



 ようやく自分の中で足並みがそろう。呼吸を整えて赤い人に合図を送る。今回は私の声が漏れないように赤い人が私の合図に合わせて、意味不明な呪文を唱える手はずになっている。赤い人のうんたらかんたらうにゃうにゃもんがー的な意味不明な単語の羅列に合わせて、私も小さく呪文を唱え術を組み立てる。



 「偉大なる治療グレーターヒール



 魔力圏に捉えた患部に魔力光が発し始め、本体の切断面と右手の切断面から触手の様に血管やら神経やら皮膚やら筋肉の繊維やらが伸びていく。骨もうねうね動いている。まるで生き別れの兄妹を探しているかのようだ。感動的だ。


 嘘つきました。コズミックホラーみたいで気持ち悪いです。だからと言って制御を手放すわけにもいかない。フルでオートにするにはまだ私の技量が足りていない。失った部位が魔力を代償に骨や血肉に変換されて置き換わっていく。


 少し距離を離し過ぎたのか、お互いがお互いを引き寄せ本来の位置に右腕が戻っていく。当然、痛みは100パーセントオフしているから、患者さんは奇妙な感覚を味わっているみたい。やましい事はしていないはずなのに「んっ」とか「あっ」とか声があがると、悪い事をしているような気がするんだ。


 いや、抑えられないのはわかっているよ。完全に痛みだけを消しているから、その他の刺激で神経が混乱して人によって色々な感覚を味わう事になるし、私自身も何度も経験している。今世で、ではないけど。


 この人、成人したばかりに見えると言ったけど、この世界での成人は15歳なんだよね。貴種だって言っていたけど、どんな事情があってこんな目にあったのか。私と同じように結婚から逃げたとか。


 いやいや、興味ないけどね。巻き込まれたくないし。



 時折、あがる切なげな声を聞き流し術のコントロールに集中する。流石にこの治療魔法での欠損部位の再生には時間がかかるわね。ミミズやワームの様に蠢く肉片にはあんまり意識を集中しないで、大事な部分、特に血管や神経の再生と結合に魔力を集中する。


 時間にして5分。時間かかるように思うかもしれないけど、意外と欠損部位が多かったのよ。血液を除いても、スーパーでよく売っている、丸くて太いハム一本分に近いくらいは魔力で代替する事になったし。再生部位が白く目立っちゃうと嫌でしょ?その辺の色合いの補正もちょっとこだわってみた。



 一応、女の子だしねぇ。



 魔力光が消え、魔法の行使が終わった時点でタイミングを合わせて、赤い人と院長先生が後ろから抱きかかえてくれた。別にふらついても倒れてもいないけど、二人は私がぶっ倒れると思っていたから、しっかり立っている私を見て少し驚いていた。



 「この短期間で制御できるようになったのか、別の手札があったのか。とりあえず倒れんでよかったが、先に大丈夫だと知らせておかんかい。


 こちとら、お前さんがぶっ倒れた後処置する為に隣の部屋を開けて準備しておいたのだからな。」



 と小声で怒られた。けど、顔は安心したようににやけてた。赤い人も私を抱きかかえていた手を放して、思わずなのか頭を撫でてくれた。


 

 「完治したと思います。後は本人に手を動かしてもらって確認してください。後、30分か1時間くらい違和感があるかもしれませんから、少なくとも半日、最低でも1~2時間は安静にするように伝えてください。」



 「わかっとる、そっちは心配するな。倒れなかったとは言っても高位の魔法を使ったのは事実。お前さんも少し横になっていた方が良いだろ。」



 「いえ、本当に大丈夫なんですよ。前の時は患者が死に瀕していたので、切れる手札が限られていたけれど、今回は余裕があったので無理な魔法は使っていないんです。


 それよりもまだ患者さんがいらっしゃるのでしょう?サクサクッといきたいですね。


 そちらを早めに済ませてしまいましょう。この患者さんだけで終わってしまったら、今日の収入が粒銀5個で終わってしまいますから。」



 サクサクッと、という所でよく分からない感じで首をひねったけど、私のやりたい事は理解してもらえたみたい。残念ながら、この擬音はこっちじゃ伝わらないか。



 「痛い所を突くな。はん……。


 本来は無理をさせたくないのだがな、それを言われるとこちらとしても弱いな。わかった。とっとと確認してあいつらを部屋から追い出しておこう。


 その口ぶりからすると、あいつらの事情など聞きたくもないんだろうしな。


 まぁ逆に、あ奴らからすればお前さんを巻き込めれば上等、などと考えている可能性も無くは無い、が周りは兎も角あの嬢ちゃんはそんなタマじゃないから安心しな。」



 そう言うとすぐに院長先生が患部を触診し始めた。外見に問題が見られない事を確認した後に隣室へ行き本人に右手の調子を確認してもらっている。


 私は折角だからと隣室に用意してもらった休憩室に向かう事にした。赤い人はクスッっと笑ってまた頭を撫でてくれた。


 撫でポは私には効かんよ?まぁ、胸が暖かくなる感覚はあるし、心地よいのは確かだけど。



 赤い人には隣の人達の話が漏れ聞こえる事すら嫌ったってバレてるね。これ。



 休憩室で寝台に座ったタイミングで、患者さんのいる部屋から歓声の様な声が漏れてくる。院長先生が治療の終了をお仲間さんに伝えたのかな。今頃きっと患者さん部屋は仲間達が入り込んで、わちゃくちゃになっているだろうなぁ。



 何やら小さく聞こえてくる声がある。治療部屋で演説の様に大きな声で話している人がいるみたいだけど、残念ながら私の所には聞こえてこない。公にしても困らない様な内容なんだろうけど、直ぐに支払いできない事情とか怪我をした理由とか大義名分を話しているみたいね。


 空気読めねぇ奴だね。支払えない理由なんか大声で話さない方が良いんじゃないかな。そこをばらされるとこの治療院も治療魔法使いも立場がなくなるんじゃないかい?


 まぁ、御貴族様の無理押しは、この世界でも一般常識になっているみたいだから問題ないかな。



 私の耳の性能はすこぶるいいけど、調子もすこぶる良いのだ。状況によって聞きたくないお話はオートでシャットダウンされる。と、いいなぁ。


 演説はまだまだ調子が上がっているようで、この様子だと次の治療にかかるのにもう少し時間が必要そうだなぁ。魔法治療なんて、本来この治療院ではそうそうあるわけではないから、それ用の治療部屋ってここしかないみたいなんだよね。なんて事を考えていたら休憩室に控えてくれていた職員さんがお茶を淹れて持ってきてくれた。



 あぁ~……お茶が美味しい。


 お仲間さんの喜ぶ声と、一緒に休憩室に移動した赤い人の「あいつら、恥も外聞もないのか」の呟きを聞き流して、しばしの休息を楽しんだ。

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