高まる懐温度と命の使い方のお話

 4人の患者さんを治療して、その日は時間まで休憩室でお茶していなさいと院長先生に言われて、赤い人と世間話をしながら終業時間まで過ごした。もちろん、彼は赤いローブを既に脱いでいて、赤い人じゃなくなっていたけど、私の印象では赤い人のままだ。



 意外と話し上手で、終業時間までにはかなり打ち解ける事が出来た。



 名前はまだ教えてもらっていない。多分、自分の名前と身分、貴族としての立場を知られると警戒されると考えているのかもしれない。匂わせて、様子を見て少しづつ人間関係を構築してって所かな。随分と慎重な事で。


 まぁ、それでも相互理解を多少なりとも深めるには十分なだけお話しできたよ。




 お給料は、ちょっとお財布がパンパンになって入りきれない位の銀貨が手に入った。今日の収入は銀貨148枚と銀粒5個。


 約、せんななひゃくはちじゅうにまんえんだよ?1日で。


 貯金総額2300万円超えたよ。ある程度は寝床に置いてあるけど、隠しておける様な量じゃなくなってきたからね。ほとんどストレージに入れてあるよ。寝床に置いておくのも物騒かもしれないけど、みんなそうやっているし、一人だけ別の所に隠していると知られて気分悪くしたらいやじゃん。


 寝床に隠してあるのは銀貨数枚と銀粒何個か。後は銅貨と鉄貨を適当に。もし何かあっても諦める事が出来る額だし。もちろん今回の報酬もお迎えが来る前にはバッグの中のお財布からごっそりとストレージに移動させておいた。



 このペースでお客さん、いや、患者さんが来たらお金の使い道に困る生活を経験する事になるかもしれない。未だに消費するのはカチカチパンだけなんだよね。みんなでおゆはん分けるから最近ではお昼に5つ買っているけどそれでも1日銅貨5枚。



 ま、職員さんのお話だと、今日みたいに患者さんが集中するって事は滅多に無いそうだけどね。大抵はまずお支払いできる人がいない。



 こんな世界じゃもん。患者さんは山ほどいるんよ?


 でも、一回の治療で数百万円もかけられる冒険者って中々ね。大怪我して戦場から生きて帰ってこれるだけでも大したもんだし、幸運だからねぇ。



 お金がどうこうとか、他の治療士の都合とか考えないとして。私が低料金で次から次へと冒険者さんの怪我を治療してしまえば、一時的にとは言え秩序側にはかなり有利な展開になる。だけど他の治療士さんを潰すようなことをしてしまえば、結局最終的には秩序陣営全体が弱体化してしまう。



 治療の奇跡や魔法を、もっと手軽に皆が使えるようになれば話は別だけど。それも個人的な資質に大きく左右されてしまうからなぁ。



 そんなこんなを悩みながら、迎えの皆と一緒に家路に向かったよ。当然、今日も串焼きを!と思ったんだけど、迎えに来てくれたケリーに注意された。



 「あんな、気持ちは解るし嬉しいけどよ。あまりそういう事はすんじゃねぇ。


 たまにならありがてぇけどよ。俺らはこれから先、お前に養ってもらって生きて行く訳じゃねぇ。いつ孤立無援にならねぇとも限らない身の上だ。


 出来るだけ早く自分で生きていく道を見つけなきゃならねぇんだ。甘やかしたら、それが俺達を殺す事になる。」



 厳しい言葉だけど、その通りなんだよね。ま、いいさ。その内そんな現実をぶち壊してやろうじゃないの。



 「御免、嬉しい事もあったし、臨時収入があったからついね。自分だけ食べるのも居心地悪いからさ。」



 「なら、独り立ちすればいいさ。」



 軽く言わないでよ。そりゃ経済的には独り立ちできるけどさ。個体わたし自身は多分、塒の仲間の中で一番甘えん坊なのかもしれない。皆と離れたくないんだよね。


 依存してしまっている事には気が付いている。それにシリルもみんなと一緒に過ごさせてあげたい。


 ケリーはなんて事無い様な顔で話をしているけど、そう言えばケリーも後数か月で塒を出る事になるのか。



 塒を出て正式登録したら、彼らはどう生きていくつもりなんだろう。前に何人かに聞いてみたけど、正式登録して最初に外仕事をするときは、中堅冒険者辺りが募集する小規模な戦闘集団に所属するのが一般的なんだってさ。


 ゲームみたいに最初から少人数でパーティーを組むとかじゃなくて、最低限自分の装備を持って臨時の戦闘団に所属して、下働きをしながら戦闘経験を積むのが生存確率が一番高いみたい。


 そりゃ、相手さんも初心者用に、戦いやすい踏み台の様な都合のいい獲物をそうそう用意してはくれないからね。


 敵さんもある程度まとまっているだろうし、警戒もしている。大規模な軍隊を編成するようなことは秩序側も混沌側もそうしょっちゅうあるわけじゃないけど、ゴブリン数匹で洞窟に籠っているなんてシチュエーションはそう多く無いだろう。


 お互いに最前線なんだから。警戒は当然するよね。


 ま、中々統制が取れない混沌側は、意外と頻繁にそういうポカをやらかしたりするので、そこに上手く食いついていければ、初心者パーティーが生き残っていく事も出来るかもしれないけど。相手のポカに期待して、そこに命をかける訳にはいかないでしょ。


 だからこちらは群れる。



 そうやって実戦経験を積んである程度力を付けたら、気の合う奴とパーティーを組んで仕事をこなす。当然、経験を積んだ冒険者とて、一つのパーティーで簡単に事が進むわけがないから、仕事によっては複数のパーティーで組んだり、今度は自分が戦闘団を招集して事に当たる、という事になる。



 これじゃぁ、ダンジョンアタック以外の外回りって冒険者の仕事というより、軍隊のお仕事だよね。この世界での冒険者って、個人が集まって編成された軍隊というイメージが一番ピンと来るかな。



 ケリー達はあんまりこの話題を話したがらなかったけど、今日の帰りはポツリと教えてくれた。



 「戦闘団なぁ。あれも下っ端は使い捨てにされることもあるし、俺達みたいな未成年組は大した報酬ももらえねぇで囮なんかやらされることもあるんだ。


 大型のモンスターを釣る為の生餌は御免だよ。


 情けねぇけど、まだしばらくは外仕事をするつもりはねぇ。胸張って言えるような事じゃねぇからよ。あんまり言いたくなかったけど、暫くはほら、有志の金持ちがやっている外街の外壁工事があるだろ?あれに参加するつもりなんだ。」



 なるほど、あれならそれほど命の危険は無いし、食べる分には何とか生きていけそうだ。下水仕事で護衛組をするよりは、実入りは少なくなるかもしれないけど。


 ケリー、意外と堅実に先の事を考えてるじゃん。と思ったけど。



 「実はお前に命を助けてもらってから、皆と考えたんだよ。こんな世の中だからな。前は戦闘団に入って自分を試すつもりでいたんだ。そこで死ぬとしてもパッと派手に逝こうかってな。


 上手くいきゃ誰かが残る。俺達が駄目でも俺らのグループから誰かが残る。それならそれで十分じゃねぇかってな。」



 「あぁ、このまま食うや食わずで一生辛い思いをして生きていくのも御免だったしな。比較的安全に戦えて稼げる場所なんて、下水仕事を除けばそうそうあるもんじゃない。


 命を懸けなきゃ、後は実入りの少ない仕事しかないからな。手に職があるわけじゃねぇし。」



 「そもそも、そう簡単に職人に徒弟で面倒見てもらえるわきゃねぇしな。ありゃぁ狭き門だよ。」



 「でもよ、エリーが、将来絶対に人類種の希望になるエリーが、命懸けで俺の命を救ってくれた。あと数か月であっけなく死ぬかもしれない俺を助けてくれた。


 だからよ、この命、簡単に博打に懸ける訳にはいかなくなっちまった。」



 皆が少ししんみりとしている。いや、命を大事にしてくれるのはとても嬉しいけど、私はそこまで命懸けだったわけじゃない。ちょっとおまいさん止めとくれよ。身の置き場がないとはこの事だよ。



 「んでよ、ケリーと、夏ごろ引退予定の皆で話し合ったんだよ。俺たちの命はこの先どう使うかって。」



 「それでさ出た結論は、少しくらい苦しい暮らしをしてもかまわねぇ。まずはやれるだけ努力を重ねて出来るだけの事をしようって事になった。」



 「それじゃぁ現実的な生きていく方法は何があるかって話になった時にな。実入りは少ないし仕事はきついけど、体は鍛えられるだろう外街の壁作りで食っていこうって話になった。」



 「壁が出来れば、外街もそう簡単には落ちねぇし、皆を守る事にもつながるからな。」



 「そうなりゃ、俺達が街を救ったって事にもなるだろう?」



 そんな事をケリーやシナージ達は笑いながら教えてくれた。いつもの帰り道が、今日はなんだか暖かく感じたよ。

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