里帰り 2 パップスとの遭遇
翌朝残ったスープを温めてカチカチパンを浸して、パンのお粥さんみたいにした朝ごはんを皆で食べた。あったかいうちはまだ食えるけど、冷えたら不味いんだこれが、ってリロイさんが言って、皆が同意していた。作ってくれたアリヤさん迄力強くうなずいていた。
アリヤさんだけじゃなく、皆が協力して野営の片づけをして出発の準備を始める。私もやろうとしたけど、遠慮されてしまったよ。初めてだろうし、今回の旅では何をしているのかを見て学んだ方が良いと言われた。
うん、早い話が、邪魔すんなって事だね。ちょっぴりがっくりしていたら、御者を担当してくれている冒険者のカランバラさんが、この時間は私の番ですからって言って抱っこしてくれた。
私そこまで子供じゃないと思うんだけど。ま、背中が暖かいし何だか気持ちが落ち着くからやりたいようにさせていたら、皆の出発の支度をする速度がだんだん手早くなって、あっという間に準備が終わってしまった。耳元でカランバラさんが「ちっ!」と舌打ちをしたのが聞こえたけど、皆素知らぬ顔で馬車に乗り込み始め、「今度は私の番ね」とアリヤさんが私を抱っこし始め、馬車が動き出す。
知らない間に、話し合って順番を決めているのが、何か怖いんだけど。
昨日に引き続き諦めて大人しくお人形をやっている私。冒険者同士の横の繋がりも大事だし、こうやって私自身を好きになってもらえるって事は良い事だよね。
ただ、貞操を守るという一点で、男性だけじゃなく女性も警戒しなくてはならない様な気がしてきた。それにしてもこんなことをしていると、明後日にはあの毒親がいる実家に戻って、シリルを連れ出す事になるなんてちょっと想像がつかない。
いい感じに力が抜けているのはこうやってみんなが構ってくれているからかな。ちょっとヤバイね。かなり自分が甘えん坊になってしまっている自覚がある。
塒でロナとニカに抱っこされた時から、私の中の何かが壊れたか解放されたか。
この背中の暖かさが私の心を包んで、持って行ってしまいそうだ。これ、まだ女性相手だからいいけど、男性相手にこういう風に感じるようになってしまったら、かなりやばい。
脳は完全に女の子だし、
うん、恋愛とか考えないようにしよう。今はただ、背中の暖かさに身を任せていよう。
思考停止して幌を畳んだ馬車の流れに身を任せ、流れる景色を皆で見ながらお喋りが止まらない。御者のカランバラさんも初日とは違って積極的に話しかけてくる。今までの冒険の体験談とか、周りの冒険者の噂とか、自分の得意な事とか。
話しながら考える。なんでみんな私に抱き着きたがるんだろう、と。
なるほど。
ここでも私が甘えん坊だという事が、証明されてしまったという訳ですか。恥ずかしいです。やめてください。
内心で溜息をつかれて、へこんだけど私の様子を見たみんなが、実家での事を悩んでいるのかと勘違いしたみたいで、元気づけてくれたよ。
「俺は考える事が浅いって、よく周りに言われるけどな。それでもエリーちゃんが妹さんの事を真剣に考えてるのは解るし、自分のせいで妾にやられるのは可哀そうだって気持ちはわかる。
世の中そんな話ばっかりだって事実に、エリーちゃんや妹さんが合わせる必要はないわな。」
ネルさん、考え浅くなんかないよ。その言葉嬉しいよ。
「まぁ、両親が何を言おうと、実力行使が出来るだけの前準備は終わっていますし、最初から交渉相手を領主様か村長さんにして、そちらからご両親に話をしてもらった方がスムーズにいくかもしれませんね。」
「え、でも、知っていると思うけど、両親も私の嫁ぎ先にと彼方此方に話をしていたけど、私を妾にと話を持ってきたのは村長さんで、相手は領主様だよ。領主さまはすごく乗り気だったみたいだし、大丈夫かな。」
「だから領主様か村長に先に話を通した方がスムーズなんですよ。高々地方の騎士爵領の領主様が辺境伯の内意、事実上の命令と、魔法使いとして既にギルドで身分を立てているエリーさんに、刃向かえる訳が無いじゃないですか。」
「実行力としての俺達がいるからな。騙し討ちして身柄を抑えるのも無理だろ。」
そう言われると少し安心できる。そっか。既に私の立場は地方の騎士爵くらいなら何とかあしらえる身分なのか。その辺の権力とかがどういう具合なのか、微妙過ぎてよく分からないけど。その気になって調子に乗って無礼打ちされたら笑うよね。
そんなことを話していたら、御者のカランバラさんが声をあげる。
「あっちゃー。もうこんな時期でしたっけ。いつもよりも早くありませんか。」
その声に反応したリロイさんが御者台の方へちらりと視線を向けて、彼女が指さす方向を見て納得したように声をあげる。
「あぁ、4年前と7年前はそれぞれ西と東からだったからな。南の方からなら雪解けのタイミングを考えればこの時期になってもおかしくないさ。」
私も目をやれば、街道の向こうから隊伍を組んだ小さい豚の獣人、おそらくはパップスらしき者たちで構成された軍隊が此方に向かって行進してくる。かなりの大軍みたいで、軍列は長蛇の列になっていて最後の方は全然見えない。
咄嗟にレーダーの範囲を広げてカウントに意識をやると、マーカーの数は3万を超えていた。
私達を確認すると、接近する前に先頭のポニーみたいな馬に乗っている指揮官らしき人が右手をあげ、そのまま右の方向に振った。すると統制の取れた動きで、後続が街道から指示された方向へ一斉に逸れて、私達に道を譲ってくれる。
私達が道を譲るべきかなって思ったんだけど、パップスの人達は軍隊レベルで気配りの人達なのかな。
「あらら、パップスの遠征軍みたいね。そろそろかなとは思っていたけど、今年も大きな戦があるかもね。」
「草人族の部隊も参加しているな。こりゃ、彼方此方巻き込んで大戦になりそうな塩梅だな。どうするリーダー、俺達も参戦するかい?」
「あぁ、しばらくすれば冒険者の招集も始まるだろうからな。稼ぎ時だ。今回こそ森を切り開いてやるさ。それに彼らを見捨てて、彼らだけで戦わせるわけにはいかない。」
ネルさんの質問にノータイムで威勢よく答えるリロイさん。今回こそって事は前回と前前回は失敗したという事で、失敗したという事はそれなりの被害が出たという事じゃないかな。
「戦争に参加するんですか?」
私自身は良い。ただ見知った人たちが危険の中に飛び込もうとしている事に怖気を感じる。
「あぁ、ワンチームで稼ぐよりは安全だしな。ある程度腕前があって、立ち回りを理解している奴ならそうそう死にやしないさ。
治療魔法も状況によっちゃぁ無料で掛けてもらえる。治療魔法士にとっても稼ぎ時さ。一回当たりの収入は減額されるけど、なにせ量が多い。奇跡の御手たちにとってはあんまりいい話じゃないけどな。」
「あら、混沌側との戦いの為に祈る御手は、その期間中多くのお力を授かるじゃない。」
「多少違ってくるって程度の話さ。俺の軽傷治療の奇跡を身に宿す時だって違いが実感できるほどじゃない。」
なるほど、スーパーのサービスタイムみたいなものかな。一割引きくらい?まぁ、戦争が起きるんだから、魂の還流に関して考えれば理屈はわかるけど、今はどうなんだろう。私がいるし。
その世界のバランスを崩さない範囲で干渉している筈だから、その辺は深く考えない事にした。
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