勢いはナニかを解決する
何かをかみしめるように上を向きながら言葉を漏らすネルさん。
「何故かあたしらが間が悪い。運がわりぃんだろうけどな。」
「そうだねぇ。実力には問題はないはずなのに、依頼が無効になったり、参加した戦団は壊滅状態になったり。
それでも中核メンバーが生き残ってくれれば、それなりに報酬も出るのにさ。」
「命懸けで守ったにも関わらず、ダンジョンからの撤退戦で戦団の中核パーティーが全滅。無理して守ろうとしたリロイも大怪我。
これって数年前も同じようなパターンでピンチになったわよね。」
「戦団に参加する為に、ダンジョンの深部に挑戦する為に無理して装備を揃えたからな。蓄えも使い果たしそうになったし。
貧乏にもなろうってもんだな。」
そう言うと、「学ばねぇな」と呟いて、小さな樽の様な形の木製のジョッキに残ったエールを飲み干すネルさん。そして私に視線を送る。
「正直、私らで話し合ってもさ。結論出なかったんだよ。シュリーも私らもリロイが好きだ。あいつから離れたくない。それは本当さ。
まぁ、あいつは気が付いてないみたいだけどな。」
「でもね、私達が足を引っ張って、シュリーが迷惑をするなら、私ら身を引くべきかなって今回の一件で考えちゃったわけ。」
……今回の一件ってゴーレム重機利用の一件ね。シュリーさんも一月足らずでかなり稼いだはずだから、それを知っちゃうと二人は複雑だよね。
それだけ支払っても、元がとれちゃうくらいにゴーレムの利用は効率が良かったらしくて、東の臨時支部長さんは鼻息を荒くしていたけどね。
「でもね。私は二人も一緒に幸せになりたい。まぁ、そのさ。肝心なリロイに私達の気持ちが伝わっていないのは大問題だけどね。
それで一時的にでも皆の元を離れて、エリーちゃんの所で修行してもっと力を付けたいって考えているんだけど。
……一時的にも皆の元を離れるのも、正直不安だし辛いのよ。」
それを聞いて溜息一つのネルさん。
「リロイの事だからな。シュリーが一時的に抜けたら、直ぐに欠員補充しようとするだろう?
あいつは何の為にシュリーがエリーの所に修行に行くか、分からねぇだろうし。」
「説明しても、間違って解釈しそうよね。」
「……説明するにも、ちゃんと気持ちを伝えてからじゃないと難しくない?」
「だよな。」
「それで自分達だけじゃ結論が出ないから、私の所に来てくれたって事なんですね。」
そんな人間模様を師匠になるかもしれないとは言え11歳の少女に相談する当り、私は彼女たちにとってどんな存在に見えているのか。
ちょっとばつの悪そうな先輩冒険者三人組に、安心する様に追加注文でエールをご馳走する。お代わりが来てから一口、口を付けてシュリーさんに確認を取る。
「シュリーさん、私に弟子入りするって話ですけど、何処まで本格的に修業するつもりなんでしょうか?」
私に釣られて丁度エールに口を付けたばかりで、慌ててジョッキから口を離して少し恥ずかしそうなシュリーさん。
「そうね。どうせ時間がかかるなら本格的にしっかりと学びたいとは思っているけど、私がどうあがいても、巷で聞いたパップスの時の貴女の英雄譚の様になれるとは思えない。
途切れることの無い魔法の発動、大地を抉る光の柱の魔法。オークだろうがオーガだろうが武器一つで正面から打ち破る戦闘力。
態々みんなで見に行ったんだから、女神の笑窪。
吟遊詩人が歌うサーガの前半部分、クライマックス前の逸話だけでも、普通の英雄が称えられるサーガ一本分に匹敵するのに、そこから先に漸く生と死を司る女神のクライマックスなんだもの。」
ぶふぅ……。「ごめん、ちょっと咽ちゃった。」うん、サーガってまさかそんな事態になっていたとはしらなんだ。
「大丈夫かしら?大丈夫そうね。
そうね、私は自分に少しは自信はあるつもりよ。師匠も、さらにその上の師匠も、私ならいずれ超える事が出来ると信じていたし、それは今でも変わらない。
でもね、貴女に師事しても貴女の足元にすら手が届く気がしないのよ。それこそ100年修行してもね。だけど、中途半端な気持ちで弟子入りするのもエリーちゃんに申し訳ないから。
自分から言い出した事だけど、やっぱりこの話、無かったことにならないかなって思ってね。
でも二人に反対されちゃって。」
ラウルさんとネルさんを見ると、ジョッキを傾ける手を戻して、悩まし気な顔をしている。
「あたしらは、さっき言った通りさ。いくら考えても答えが出ねぇ。このままシュリーが弟子入りを諦めるのも、リロイの元を離れる事になるのも、どっちも選べねぇし、選べとも言えねぇ。」
「私達が足を引っ張っている訳では無いとしても、冒険者は命がけ。力を付ける為修行するのは正しい事だし、力尽きる寸前に後悔するよりは、力を手に入れる為に前向きに努力すべき。
でもさ、それで人生を違えてしまったら、それは本末転倒なんじゃないかなとも思う。」
三人が一息ついてため息交じりにエールのジョッキを傾ける。復讐するは我にあり、今だっ!!
「……さっさとリロイさん押し倒して既成事実作っちゃって結婚しちゃえば?
んでお嫁さんになってから弟子入りすれば、流石のリロイさんも変な誤解しないでしょ。」
三人が盛大に咽た。あぁ、エールの噴水が奇麗だなぁ。
言葉にならない悲鳴を上げて顔を真っ赤に染め上げて、何を言っているのか分からない程乱れまくる三人様。いや、声にならないんじゃなく咳き込んでいる人もいるせいで何を言っているのか聞こえないのかもしれない。
兎も角これで、先程の女神云々の仇はとった。
両手を振りつつ上げて降参のポーズを取り、皆が落ち着くまで少し待つ。
「エリー?おまえなぁ!?」
「あぁ、悪かったわよ。なんでそこまで皆さんが奥手なのか、ちょっとじれったくなっちゃってね。つい。
ま、私も事情を知らないなりに色々と考えてはきたのよ。」
謝りつつ、強くなる為には何も本格的な修行を付けるだけが手ではない。私達魔法使いであるならば基本さえできていれば、近接戦闘職と比べて、だけど僅かな手間で戦闘力を高める方法もないわけじゃない。
装備を整えるのも一つだけど、本格的な弟子入りをするのではなく、新しい魔法を習得するというのも一つの手である。直接的な戦闘に関係する魔法だけじゃなく、シュリーさんが驚いていた浮遊の魔法一つ習得するだけでも、色々と使い道はあるものだ。
例えば、近接戦闘をするには困難な強敵に浮遊の魔法を掛け、浮かせてしまえば、敵に遠距離攻撃手段が無ければそれだけで無力化できるし、はるか上空まで浮かせてから術を解けば大抵の奴は落下のダメージで息絶える、と。
そして、幾つかの魔法を伝授するだけなら、本格的に弟子入りする必要は無いし、リロイさんのパーティーから一時的に脱退する必要もないでしょうって。
弟子を得る事が出来ない師匠に、何の益があるのか。それでは私だけが得をする、と主張するシュリーさんに、もちろんただという訳じゃない。授業料は取るし、仮弟子としてリロイさん達との生活に影響がない範囲で何かあったらちゃんとこき使うから、その位は覚悟しておくようにと伝えたら、漸く少し納得したシュリーさん。
「ま、深く考えなさんな。通い弟子でも時間をかけてきっちし仕上げてあげるから。力を付けた魔法使いの人生が長い事は知っているでしょう?
そこに至る事の出来る魔法使いは少ないけどね。シュリーさんなら自分で言っていた通り、才能あるし。
それこそ100年もたった後なら流石に色恋沙汰は全部方が付いた後でしょう?シュリーさんにはその後で弟子として頑張ってくれればそれでいいわよ。」
そう言うと態々一度立ち上がってから椅子を退かして、格闘ゲームの決めポーズの様に、サイレントで浮遊を起動して、ドヤ顔で空中にプカプカ浮かびながら座って見せる。
その厨二心溢れる外連味たっぷりな動作の一つ一つに飲まれたのか唖然とする三人。もしかしたら呆れているだけかもしれないけど。
皆の前でやるのは私の田舎の時とこれで2回目だよね。
これ、意外と一度発動させた後、殆ど魔力を消費しない系統の魔法だし、効果時間もかなり長い上、魔力のコントロールの訓練にもなるんだよね。
最適、とまでは言わないけど、空中に座るのって結構かっこいいし、魔法使いって強烈なアピールになるしで、暇つぶしの魔法の訓練にも丁度いいから、これから常用してみようかな。
ちょいとアレンジすれば、浮くだけの方でも、人が歩く速度程度には移動させられることも出来る筈だし。
せめて雪が降っている内はさ?
治療院に通う際、まだ雪かきが終わっていない通りを、雪をかき分けるかゴーレムで雪かきしながら進むより、ぷかぷか浮いて元赤の後ろをついていくのも悪くないじゃない。むっ?その場合は動ける方のアレンジじゃなくてただ浮くだけにして、元赤に引っ張って行ってもらうのもいいかもしれないわね。
ちょっと間抜けな所が、少し可愛いし?元赤も照れながら引っ張って行ってくれるかも?それは無いって?あははは。うん、笑うな
楽しいよ?多分。
うん、要検討だね。
少し酔ったかな?
「ふふっ、100年たってから、なのね。なんか私なんかと時間の感覚が違い過ぎて、実感がわかないわ。
文字通り
そう言いながら、ラウルさんとネルさんの顔を見てコテンっと顔を傾げるシュリーさん。お互い顔を見やってから良いんじゃないか、と頷く二人。
「それでも本来、エリーちゃんに失礼な話なのよね。ちゃんと弟子になる訳でなく、つまみ食いする様に必要な部分だけをズルして伝授してもらう、なんてね。
それでも、エリーちゃん、いいえ。エリー師匠がそれで良いとおっしゃるなら、お言葉に甘えさせていただきたいです。」
「私から言い出したんだしね。もちろん、歓迎するわよ。」
正式な弟子じゃなければ、魔力のコントロールやら何やら、教える訳に行かない部分を教えなくても心は痛まないしね。
「ただ、本気でそろそろヘタレ心を何とかしてリロイさんを仕留めないと、彼、貴女達の気持ちに気が付かないで他に女作る可能性もあるわよ?
何時までも男が呑気に待っていてくれるなんて思っていたら、絶対後悔するからね。
こんなに考えて、苦しんで、悩んで。それで本命を逃がしちゃいました、じゃ報われないでしょうに。」
「お、おぅ分かっているから、それ以上言わないでくれ。」
「あはは、中々ね。難しいんですよ師匠。」
「エリーちゃん?リロイはね、強敵なのよ。今までに3回、ちょっと婉曲的な表現は使ったけど気持ちは告げているの。
でも、気が付いてくれなかったのよ。因みに、3回って一人一回ずつだったんだけどね。」
「中々な、その時のトラウマがな。」
「あぁ、そういうパターンなのね。」
急に全員がしょんぼりしてしまった。私もつられてしょんぼりしてしまった。
「えぇい!呑もう!せっかく話が良い方向にまとまったんだ。シュリーの弟子入りの祝いと、問題解決のお祝いと行こうぜ!
ついでにエリーのいう通り、リロイを押し倒す作戦会議だ。
言い出しっぺはエリーだからな、年齢を理由に逃げんじゃねぇぞ?」
「そうね、飲みましょう。料理も追加で注文しましょう!ねぇ、ちょっとおじさん、こっちにエール4杯とガルヴァの塩焼きの切り身二皿。あと豆の塩ゆでも二皿持ってきて!」
「毎度ぉ!」
「お、おぉぅ?に、逃げないわよ?私は。うん。あ、おじさん、ついでに何か魚でいいのある?適当に持ってきてね!」
「あぁ、あるよ!今から焼くから少し時間がかかるぜ?」
「構わないから宜しく!」
「師匠、お魚はちょっとお高めですよ?夏なら兎も角この冬のエステーザだと……。」
「気にしないでね、今日はお祝いなんでしょう?弟子とその家族のお祝い位、私が出してあげるわよ。安心しなさいな、取り立ては100年後にちゃんとするから!」
「あははは、いいわよ、エリーちゃん、ちっこくて細いのに太っ腹ぁ!」
「ラウルさん、それ褒めていませんからね?」
なんかさ、無理やりみんなでテンションを上げて、その後無茶苦茶飲んで食べた。途中、私の帰りが遅くて心配になって様子を見に来たケリー達を巻き込んで。さらにケリー達を心配したロナ達まで巻き込んで、最終的には元赤を除く塒組全員を巻き込んで飲んで騒いだ。
騒ぎ足りなくて樽で2~3個、お酒を買い足して、持ち帰りの料理を注文して皆で塒で飲みなおして、やっぱり心配になって様子を見に来たリロイさんまで巻き込んだ。
……結果的に、意図せずに自然な流れで、三人娘のリロイさん押し倒し作戦が成功してしまった事をここに記する。
いや、上手くいくかは賭けだったけど、流れで酔いに酔って酔っ払った4人を誰も住んでいない三階の空き部屋に放り込んでみたんだけどね。
意外にお酒に強い4人様に何が起きてそうなったのかは、私に覗きの趣味は無いから分からない。直で覗いていたシリルやロナ達、女衆の話だと、その……かなり凄かったって事だった。
何が凄かったのかは
翌日の昼前には顔を真っ赤にした三人娘と、どこか夢の中から出てこれないままの様子のリロイさん達が、後日改めて挨拶に伺います云々、言葉を濁らせて足早に帰って行った。三人娘達は顔を真っ赤にしながら幸せそうに、でもどこか歩き辛そうに、少々ガニ股気味にして帰って行ったわ。
うん、凄かったらしいのよ。
それにしても昨日の私、はぁ……、酔っていたのよ。お酒って怖いね。
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