エステーザ防衛戦2 乱戦突入

 「赤!」



 戦場にいる全ての者をドン引きさせ、静寂を作り出し、私自身やらかしたとは思っていても、この場が戦場である事には変わらない。呆けていていい理由は無い。



 一瞬できた精神的な空白を見逃すつもりは無かった。他の者に出来るだけ意図を悟らせぬ様に短く赤い人を促し、単身で手近なオーガ娘三人衆の方へ疾風のように駆け迫る。パン屋のおっちゃんが一人で相手している奴らだ。



 一呼吸遅れて、赤い人もついてくるけど、出遅れている上に速度が違う。


 動き始めたタイミングは少しのずれだけど、距離は大分離れてしまっているから、間に邪魔が入るかもしれない。ま、最初から単身で突っ込むつもりだったから問題は無いけど、敵中に孤立する可能性のある赤い人はちょっとヤバいかもしれない。



 それにしても、「精霊の槌バーンズ・ハンマー」はヤバかった。個体わたしの直接の系統の分霊わたしじゃない奴の記録だったし、分霊わたしが術式を弄ったからって事もあったのかもしれないけど、よく記憶を探ってみるとバンズと笑いながら「単体魔法(笑)」とか言っていたのを思い出した。



 流石習得に経験値10万消費する攻撃魔法だよね、と言っておこうかな。魔法だけでは魅せられないとかいったけど、このレベルの魔法をかませば十分に魅せる事は出来たかもしれない。


 この一撃だけで、魔法使いとしての私の立場は確立されたと言っても過言じゃないだろう。



 「ロンデ!」



 ダークエルフの短い、悲鳴にも似た声が響く。私が狙いを付けたオーガ娘の一人が慌てて私に向き直るけど。



 「遅い!」



 スティレットで確実に命を取るには急所を突くしかない。頭か心臓か、絶命に時間はかかるけど肝臓か。肺も選択肢としてはありだよね。ただ、確実に仕留めるには少し弱い。各部の大動脈もピンポイントで狙うのはちょっと難しいからね。



 滑るように、心臓に吸い込まれていくスティレット。一瞬フェイントを入れたせいでロンデと呼ばれたオーガ娘は頭部を守るように武器を構えてしまっている。


 もらった!と思った瞬間、超速度で突き入れられた私のスティレットが何かに絡め捕られるように流されて急所を外してしまう。


 ダークエルフの守りの魔法か!?だけど……。



 「左腕はもらっていくよっ!」



 逸れた私のスティレットはロンデの左肩の少し下に突き刺さり、その勢いのまま突き破り吹き飛ばす。



 「がぁああぁぁあぁぁあ!!」



 オーガ娘の悲鳴が戦場に響き渡り、漸く他の奴らが私の魔法の衝撃から戻ってきた。衝撃波で吹き飛ばされた彼女の左腕は、切断面が襤褸布の様になっていた。


 ん~、あれはくっつけるのは難しいわね。


 どっかに飛んで行っちゃったし。


 戦場に時間が戻る。



 「卑怯なようだが、戦場の倣いゆえにな!」



 私に一拍遅れた赤い人が、激痛と衝撃に翻弄されているロンデにとどめを刺しに行くけど、そうは問屋が卸さない。


 とっさに他のオーガ娘がフォローに入って赤い人の槍が弾かれた。



 「ナギハ……助かる。」



 「とっとと下がりな!死ぬんじゃないよ。


 はっ!神の槍に魅入られた者が相手なら相手にとって不足は無いねぇ。


 来なぁ!」



 ナギハと呼ばれた赤い髪のオーガが吠える。



 「オーガ風情に二つ名を知られてもなぁ!」



 応じて赤い人が気を吐いて突きかかる。槍とハルバード系列のポール武器との一騎打ち。かなり周囲に迷惑な金属の騒音をまき散らして撃ち合い始めたけど、これ横入りしたら怒られるかな。そう言うの大好きなんだけど。


 ま、こっちもそんな余裕はなさそうなんだけどね。



 神の槍に魅入られた者ねぇ。神器か何かにとりつかれでもしたのかな?赤い人ってまだ成人したてだろうし、以前のパップスの戦役の時には私と同じくらいの年頃だよね。貴種みたいだし、戦場にまだ出ていないだろうに、それでも敵方の混沌勢に知られているってことはかなりの有名人なんだろうけど、私は終ぞ耳にした事すらない。


 私の方には無言で2メートルはありそうな金属の太目の杖を振り回して、もう一人のオーガ娘が対峙してくる。ロングスタッフかな?よく見ると体に強力な魔力を纏っているわ。


 魔力の強さから判断するに、中位クラスの魔法使い。オーガの種族特性ゆえか、身体もかなり鍛えられていて魔法を使わずともその杖で敵を撲殺できそうね。



 「そっちは任せた!こいつら全員術師だからな、精々気を付けてくれよ!」



 「快く、任されたよ。こっちは良いからさっさと奥さん助けに行きなよ。」



 最初からそのつもりだったのだろう、私の返事を待たずにおっちゃんは奥さんのフォローをしにダークエルフの方に突撃を始めている。一人でダークエルフを抑えている姐さんが落ちれば、この場は一気に混沌勢に優位に傾く。


 ダークエルフのお姉ちゃんも、指揮官に相応しくかなりの手練れだしそれを抑え続けている姐さんの方もただもんじゃない。お供のオーク2匹にそれなりの手傷を負わせているし、追加で集まってきた雑魚共を合間合間に葬っている。



 おっちゃんも術師も兼ねたオーガ娘三人を相手に、終始押し続けていたのだから、引退したっていうのが信じられない位のバケモンだよね。



 いや、よく見ると余裕で抑えているようにみえた姐さんも、実の所一杯一杯だったらしくて魔法の守りを抜く事が出来ずにじりじりと押され始めていたみたい。


 あのまま放っておいたら、それほどしないうちに姐さんの方が詰んでいたかもしれない。



 強烈なロングスタッフの横なぎをバックステップで躱して、私の敵を見据える。


 ま、あっちはおっちゃん達に任せておくか。




 気を取り直して目の前の敵に集中して、スティレットを片手で青眼に構える。ついでに「魔法の矢」を再び集まり始めているその辺のゴブリン相手に飛ばしておく。



 魔法が発動した時点で、目の前のオーガ娘がびくっと反応しかけたけど、明後日の方向に飛んでいく魔法の光弾に複雑な表情を浮かばせる。


 多分、自分と対峙しているのに他所にちょっかいを掛けられたことに対して侮辱されたとか、こっちに魔法が飛んでこなくてよかったとか色々考えているのかもしれない。



 そんな表情を浮かべている間にもう一発、「魔法の矢」をサイレントで発動させる。悪いけど止まらんよ?再び繰り返される、混沌勢雑魚組の悲劇に流石に目の前のオーガ娘の顔が怒りに歪む。


 どうでも良いけどさ、濃い紫のロングヘアが奇麗な美人さんだなぁ。種族的なものかスタイルも良いし、美人さんでもあるけどかっこいいまである。これ劇団とかで男装したら、御姉様方から人気出る事間違いなしだよね。



 「奇妙な術を使う。ええぃ、好き放題にやらせるものかぁ!」



 私のやろうとしている事を、すべてではなくても理解できたのだろう。焦ったようにロングスタッフを打ち込んできた。私に魔法を使う余裕を与えないように、小さい動きで連続で打ち込んで、突き入れて隙を作らず息をつかせず。



 ちょっと待って、奇妙な術ってこの世界に「魔法の矢マジックミサイル」ってなかったんだっけか?たしか似た様な魔法があったはずだけど、もしかしてサイレントで起動したから魔法の判別が出来ないで混乱しているとか?



 撃ちあっている最中にもタイミングを見て再度サイレントで「魔法の矢」を発動。同時に振るわれたロングスタッフの打ち下ろしをスティレットで軌道をずらして、地面に打ち込ませる。悔しい顔を見せるオーガ娘を挑発するように鼻で笑う。



 「あんたじゃ私の抑えになっていないみたいだけど、大丈夫?」



 私としては無理に彼女を打倒する必要は無い。私の武器は短めのスティレット。対する彼女は2メートルはあろうかというロングスタッフ。



 当然、単なる棒じゃなくて杖の上部には刃物らしきものがついて、刺したり切ったりできる優れモノね。彼女の反射神経は今の私から見ても悪くない。


 正直、攻撃をいなしたり不意を突いたのなら兎も角、正面からこのリーチ差をかいくぐって攻撃を通す自信はあんまりないかな。



 それをやるには、少々紫髪のオーガっ娘の技量が高い。此方がリーチが短い代わりに取り回しがしやすい武器だというのを理解して、懐に入られない様、ロングスタッフを力任せに大振りしないで、隙を作らないように振るっている。



 迂闊に飛び込むと迎撃されて痛い目をみそうね。誘って撃たせて隙を作るって方法もあるけど、あんまりやりたくない。彼女の一撃をうければ今の防御力でも簡単に抜かれて、致命傷を負いかねない。死なないけどさ。皆の前で化け物じみた回復力を見せるのはちょっと抵抗がある。



 単純な近接戦では、このオーガ娘を一人牽制するのが私の実力相応って所かな。



 ただただ、防御に徹して「魔法の矢」で雑魚をどんどん片付けて行けば、吸血・吸精の対象がどんどん増えていく事になる。つまり私にとっての補給ポイントを彼方此方に設置できる。



 いずれ雑魚共が尽きてから、他の大物を魔法でチクチク攻撃して削っていく方法もあるし、ダークエルフやナギハと呼ばれるオーガ娘の方にちょっかいを出す手もある。



 ふと気が付くと、振動や化物の雄叫びがじわじわと此方に近づいてくる。レーダーを確認すると新手の、おそらくオーガを中心とした一団が此方に向かってきているのが解る。



 もしかしたら、ロンデと呼ばれているオーガ娘の悲鳴を聞いてオーガの雄共が駆け付けようとしているのかもしれない。



 オーガは頑丈タフで「魔法の矢マジックミサイル」では簡単に始末できないから、厄介ではあるけど、こちらの味方も彼方此方から駆け付けつつある。



 なに、焦る必要は無いわよ。落ち着きなさい、個体わたし

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