里帰り 5 父ちゃん登場

 「どうやら手間が省けたのかな。玄関で騒いでいるのエリーちゃんのお父さんじゃない?」



 あぁ、本当に予想通りの行動パターンで笑えて来る。でも、もし自分が父の立場でも、だれに責任があるにしても行方不明だった娘が見つかったら、同じような行動パターンにはなるかな。理由は多分違うと思うけど。



 「ご領主様、わたしです。2の村のエソンです!娘が此方に来ているのではないかと知らせがあり駆け付けました。いらっしゃるでしょうか。」



 騎士爵さんの屋敷のドア越しにノックをしたのかどうか、大声を上げているわが父とその後ろに何人か野次馬らしき人達がいる。あ、村長さんじゃん。村長さん、まだ役を継いだばかりで若いから、父と二人で走ってでも来たのかな。顔中汗だらけで息も切れているように見える。確か30歳になったか、ならないかくらいだったと思う。



 サニカルさん、溜息一つついて横から声を掛けた。



 「何事だ騒がしい。」



 「おぉ、領主さ……。エリー!お前いったい今までどこにいたんだ!お前が急にいなくなったから俺がどんだけ恥をかいたか!金も入らなくなって俺達がどんな思いだったか!」



 怒鳴りながら、騎士爵さんの後ろの方にいた私を見つけ、ずんずんと近づき腕を振り上げる。同時にリロイさんが父の腕をつかみ、ネルさんとラウルさんが私の前に出てガードしてくれる。



 「なんだきさんらは!邪魔をするな、冒険者風情が、人様の家の事に口出すつもりか、あぁ!?」



 父がリロイさんの手を振り払おうとするけど、ただの農民と鍛えたファイターの膂力の差は明らかで、振りほどけないでジタバタしている。


 そんな様子を尻目にシュリーさんが騎士爵さんを軽く促した。



 「その件だが2の村のエソンよ。私は話を受けた時、本人が了承している旨報告を受けていたのだが、実際は違ったようだが?」



 腕をつかんだままのリロイさんに食って掛かろうとしていた父が、騎士爵さんの言葉にビクリと反応して、騎士爵さんに向き直ろうとする。それに伴って腕を開放される父。



 「ええ、エリーには話しておりませんでしたが、領主さまの妾になるのは名誉な話ですし、娘の意思など関係ないじゃないですか。それに家には金が必要だった。」



 そう言うと私の方をジロリと睨んで、威圧してから



 「娘をどう扱おうが親の勝手。人買いに売らなかっただけ感謝してもらいたいくらいで。」



 そう言うと少し興奮が静まってきたのか言葉の調子を落ち着けた。



 「何がどうなっているのかはわかりやせんけど、とりあえず無事、エリーは領主さまの元に届いたって事ですな。


 ……それならば約束のもんをもらわんと話が違うのですが。」


 

 表情を伺うような目で騎士爵さんに視線をやる父。うん、流石わが父。頼もしくなるくらいに下衆いね。身内であろうともいずれ目に物を見せてやりたい。



 「家長の意思で子をどう扱おうが勝手次第という事かな。」



 「え?えぇ、それが御法というものでしょう。」



 「そうか、ならば遠慮はいらんな。」



 そう言うと騎士爵さんは村長を側に呼んでから、先程の書類を村長に手渡す。因みに父は文字が読めない。書類に一通り目を通した村長さんは、吃驚して何度も書類を見直す。



 「ディケス様。ここに書いてある事は本当なのでしょうか。」



 「そこにある印章は確かに辺境伯様のものだ。最早私やお前の思惑など関係ない。


 まだ理性的なやり方だと理解するのだな。力ある者たちがその気になれば何が起こるか。法がこの場合どちらを守っているのか。


 意地を通せばこんな村の一つや二つ、明日には躯の山になり果てるだけだぞ。


 よく理解したうえで行動するんだな。」



 「あの子は私がと考えておりましたが、残念です。」



 ちょっとまてぃ、村長さんシリルを狙っていたんかい。私を領主に、妹を村長が仲良く半分こする予定だったって事?え、騎士爵さん私に心を奪われてからは自分から積極的に私を狙っていたって事かな。


 あぶねぇ、もう少し事態の進みが遅かったら、正式登録前に追手がエステーザに来ていたかもしれないね、これ。



 「なんだ、村長。それに何が書いてあるんだ。」



 不安そうに村長に尋ねる父。




 「エソン、お前の言っていた御法の事が書いてある。」



 そう言うとここで話してもいいものかと、騎士爵さんや私達を見回す。本来なら玄関先で話すような内容ではない。離れをお借りするべきだと思うけど、私としてはどっちでもいい。話が長引くのも嫌だし。


 私が頷いたら、リロイさんも騎士爵さんも頷いて、話を進めるように促した。



 「いいか、この書類にはまず、エリーはお前の勝手には出来なくなったという事が書いてある。」


 

 その言葉に父が首を傾げ、そりゃぁいったいどういう事だ、といぶかしげな声を上げる。そんな父にかみ砕くように説明する村長さん。



 「信じられんがな。お前の娘のエリーは将来有望な魔法使いなんだと。そんで既にギルドに正式に登録しちょる。」



 キョトンとする父。その後いきなり腹を抱えて笑い始めると村長に大きな声で。



 「村長さん、何の冗談だ。エリーが将来優秀な魔法使いだって?あっはっはっはっは、片腹痛い笑わせんじゃねぇよ。ありゃぁ確かにちっこいころから生意気なガキだったが、そんな素振りなど見せた事はない。


 あれが魔法使いになれるって言うなら、俺はとっくに英雄様にでもなってら。あっはっはっは……。」



 無言でリロイさん達の前に出て、父の足元に小爆破の魔法を炸裂させる。指向性を持たせて地面に穴を穿つように。


 耳を劈く様な爆裂音と共に衝撃波が父とその周囲を襲う。土塊が吹き上がり、重力に引かれて雨の様にバラバラと降ってきて皆の頭に降りかかる。


 巻き添えにしちゃってごめんね、リロイさん達に騎士爵さん。でもまずここを証明しないと話が進まない気がするからさ。


 足元に出来た、結構深めの小さなクレーターを信じられない様な目で見る父と村長さん。ついでに騎士爵さん。あ、リロイさん達も吃驚した目で私を見ている。



 目を真ん丸にして私を見つめる父。無言で右手を父に向ける私。掌の中には張ったりで「浮光」の魔法をサイレントで起動しておく。さっきの「小爆破」もサイレントで起動したから、まだ未熟な私の技量だと何とももったいない魔力の無駄遣いになってしまっているけど、父には十分効果があっただろう。魔法の仕組みなんか何も分からないだろうけど、光り輝く手の平を向けられるという仕草で私の意図は理解できるでしょ。



 「次はどっちかの足を吹き飛ばしてあげようか。」



 何か恐ろしい物を見るような目で私を見る父。遅れて事態を把握した体がガタガタ震え始めている。



 「な、なんだ。なんだって俺が。こんな目に。い、いや、俺が悪かった。やめろ!やめろーー!」



 いつまでたっても消えない手の平の光に段々と我慢できなくなったのか、大声で叫び始める。うるさいのでもう一発。今度は父の後ろを爆破する。


 再度静かなはずの農村に響き渡る爆発音に、今度こそ父は腰を抜かして地面にへたり込み、村長さんも慌てた声を出して父から距離を取る。



 「エリーちゃんー。ちょっと落ち着こうぜ。手加減頼むわ、俺の耳が駄目になっちまうよ。」



 ネルさんが後ろから優しく抱きしめてくれる。いきなりこんな事をしでかした私を少しも怖がるふりを見せないでフワッと。ネルさんの胸大きくて、私の頭の上に柔らかいものが乗ってくる感触がべりーぐっ!


 お陰で少し落ち着いた。



 「エソン、今更どうごねても、どのみちお前の思う通りにはいかんし、話も進まん。これ以上魔法使い殿を怒らせてお前が吹っ飛ばされたとしても私は構わんが、あの凄まじい音が繰り返されたら、妻の腹の中の赤子にも良くないからな。


 ここは黙って話を聞いておけ。」



 あ、そうだよ。奥さんたちのお腹の中に赤ちゃんいるんだったじゃん。駄目だなぁ私。何かあったら責任もってフォローしなきゃいけない事案だよこれ。その場合回復魔法バレは諦めるしかないね。


 屋敷の中から何事かと恐る恐る様子をうかがう……メイドさんらしき人。ごめんなさい。


 掌の光を消してメイドさんにペコリと頭を下げておく。


 光が消えた事でようやく場の空気が少し緩んだ。



 「仕切り直すか。仕方ない、皆、もう一度離れの方に来てもらっても良いかな。」



 騎士爵さんのその言葉で、腰を抜かした父を村長とリロイさんが肩を貸して何とか歩かせる。場所を離れの応接室にかえて先程の話し合いを再開する事になった。


 父……なんかずっとひぃひぃ言っているんだけど、大丈夫け?ケケケ。

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