里帰り 4 禿デブ親父? ちがうやん

 田舎の騎士爵のお屋敷に門番や警備兵なんかいない。雇う余裕なんかないし、雇う意味もないからね。生まれてから今まで、家出をするまで自分の村外のサクから100メートル以上離れた事の無い私にとっては初めての領主村。


 途中、見知った村人が何人か私を見かけて驚いていたけど、私が乗っている馬車に一緒に乗り込んでいる武装した冒険者を見て、話しかけるのをためらったのかそのまま通り過ぎて行った。何人かは急ぎ足で私の村のある方向に走っていったから、事情は分からないけど親に知らせてあげないと、と親切心で行動した人もいるみたい。



 「領主の村の方は初めてなのでしょう?どうやら何人か見知った方とすれ違ったようですけど。」



 「私の村からはそんなに離れていないから、数時間もすれば親が領主の館に飛び込んでくるかもしれませんね。」



 「ま、それなら話は早いよ。態々領主を連れて君の両親に説明する手間も省ける。どのみち君の妹さんを迎えに行く必要はあるけどね。


 領主様との話し合いは手早く進めよう。それだけの準備はしてある。」



 リロイさんは私を安心させるように答えて、何の気負いもなく領主の館の扉をたたく。



 「失礼する。私達はエステーザ冒険者ギルド南支部に所属している者だ。当主殿に辺境伯様からのご内意をお伝えに来た。」



 屋敷の中は最初は静かだったけど、ノックの音とリロイさんの言葉が頭に染み込んだのか急に慌ただしくなって、少ししてから中から家令らしき男性が表に出てきた。



 「玄関先で申し訳ない。現在、屋敷の中は立て込んでおりましてな。恥ずかしながらとても客人をお通しできるような状況ではない。


 離れがあるからそちらでよろしければ話を伺いたいのだが。」



 「失礼だが、貴方は。」



 「あぁ、これは申し遅れた。私はディケス騎士爵領の当主、サニカル・ディケスだ。」



 猿蟹?いやわかっているよサニカルね。


 あぁ、そっか騎士爵さんに家令を雇う余裕なんかないのかな。奥さん一人に妾二人を養っているわけだからそれを食わせるだけで一杯一杯なのかな。



 私、自分が暮らしていた騎士爵領の名前久しぶりに他所から聞いた気がするよ。打ち合わせの時にルツィーさんとかには、ディケス騎士爵領の2つ目の村が両親の住む村だとは伝えたけど。




 ふむ……?想像よりもスラリとしているし、頭はふさふさで親父というより苦労を重ねているナイスミドルといった雰囲気じゃないか。禿デブ親父なんて風評被害を流す前で良かったな。感謝しろよ。


 私にも気が付いたようで、一瞬目を見張った後何事も無かったかの様にリロイたちと私を離れの方に案内してくれた。どうやら私にそれほど執着しているわけでもない、のかな。どこかで私の顔を見た事はあるみたいね。


 いや、ただ単に私の美しさに目を奪われただけかもしれないけど。



 部屋に通された後、メイドもいないのか、自分でお茶を淹れてくれる騎士爵さん。普通、メイド無しの貧乏貴族でも当主自らって言うのはちょっと不自然で、奥さんがやってくれるもんなんじゃないの?



 「いや、使者殿にお話しするような事ではないのだが。お恥ずかしい話しながら、妻と妾二人、急に懐妊してね。嬉しいやら驚くやらで。当家にも一応一人メイドがいるのだが、今は妻たちに付きっ切りになっていてね。


 私は中々子供が出来なかったので、ここにきて突然の事に身の回りの事も追いつかない。産み月はまだ先なんだがね。」



 お茶を出しながら話してくれる騎士爵さん。私が自分の妾になる予定の娘だという事にも気が付いていたみたいで、私にもにこやかに話しかけてくれる。



 「君が村から逃げ出したと聞いて、悪い事をしたなと思ってはいたのだよ。何せ年の差が30歳以上ある。」



 んー……領主さまは乗り気だったって聞いていたけど、どうもこの人が幼児性愛者とは思えない。



 「何故、私を妾にと望んだんでしょうか。」



 分からないことは正面から聞いてみる。リロイさん達が少し緊張し始めた。騎士爵さんは申し訳ないように教えてくれた。



 「どうも私は子宝には縁遠いようでね。それでも妻たちは頑張ってくれて4人、子供を設ける事が出来た。だが全員女の子だったんだ。


 妻等が申し訳ないと私に謝る度に、私自身身の置き場が無くてね。そこに2村の村長から君の話が出たんだ。」



 2村って、やっぱり私の村ちゃんとした名前ついてなかったんかい。



 「村長から話を聞いた妻の勧めで、君を妾に迎える話を了承した。君の両親が子沢山だという話だったのでね。


 妻達が、君ならきっと跡継ぎを産んでくれるに違いないってね。あれは悔し泣きなのかな。それとも安心したのか。そんな涙を見せられたら、それも良いかなと考えたんだ。


 村長の話だと先方の娘さんも乗り気だと言っていたから、一度君の様子をこっそりと妻達と共に見に行ったんだ。私はその時、君に心を奪われたし、妻達も君を気に入った様だったからね。」



 実際に私の耳にこの話が入ったのがすべて決まった後だった、という訳だね。11歳の小娘に心を奪われる40歳超えのおじさんといった時点で、完全にアウトだけど。


 この世界の事情的には問題ないうえに、自分から望んだわけでもなく、事情もあったし奥さんのおすすめもあった、か。


 情状酌量の余地あり、かな。問答無用でもぐのは勘弁してあげようかな。



 「私がその話を聞いたのは全てが決まった後でした。父から頭ごなしに命令され、村を出ました。」



 「あぁ、君が逃げたって聞いてから、その可能性を想像もできなかった自分の愚かさに反省したよ。人任せにするのではなく、君の顔を見に行った時に自分で話をしておくべきだったとね。


 私の無思慮が一人の女の子の命を危険にさらしてしまったのではないかと。」



 そう言うと彼は自分で入れたお茶を啜る。合わせて私達もお茶をいただいた。



 「さて、まだご用の向きを伺っていないが、こんな吹けば飛ぶような騎士爵領に、辺境伯様のご内意とは尋常ではない。」



 そう話した後私を少し見て、リロイさん達をみる。少し考えて話を続ける。



 「察するに、今回のご内意、先程の一件に関わるものと推察する。となると、彼女がなにか辺境伯様もしくはエステーザに利益をもたらすか、辺境伯様のお眼鏡にかなった、という事かな。」



 「私は誰の元にもいくつもりはありませんよ。」



 反射的に言い返してしまう私。


 それを横目に苦笑を浮かべてから、シュリーさんが懐から書類を出して騎士爵さんに手渡す。



 「今回は前者ですね。既に彼女は将来有望な魔法使いとしてギルドに正式登録されております。今後彼女の身柄を彼女のご両親が自由にすることはできませんし、あなた方の要請に従う義務もありません。


 まずはそれをご理解ください。」



 手渡された書類に目を通して、騎士爵さんはすごく驚いているようだった。



 「教育すら受けた事の無い村娘が、魔法使い、そんなことがありうるのか。神の、導きだとでも言うのか。」



 「そのあたりの事情は私共も詮索する事を禁じられております。どうかサニカル様もご理解いただけますよう。」



 シェリーさん、頼りになるね!リロイさんも口火を切ってくれたし、特別成功報酬どうやって渡そうかな。仲たがいされるのも嫌だからリロイさんに纏めて渡す事にしよう。



 「あぁ、そうだな。下手に突いて神の事情に首を突っ込んで、理不尽に泣いた者、不幸になった者など掃いて捨てるほどいる。彼らの二の舞は私も御免だ。」



 「ご懸命です。」



 「それで辺境伯様は、今後彼女に手を出すなとおっしゃりたいのかな。」



 「私共がお供させていただいている、将来有望な魔法使い様は、ご自身の妹様の身を案じておられます。年頃にならぬうちに、自分の時の様にご両親にどこぞに売り渡されはしないかと。


 辺境伯様は、そのような悲劇が起きる事を望まれてはおりません。


 先程、彼女の事情を詮索しないとおっしゃいましたが、悲劇に見舞われた妹様の為に魔法使い様が嘆かれた時、何が起きるか。」



 「考えたくもないな。正式な書類は持ってきているのかな。」



 「こちらに。」



 手渡されてもう一つの書類に目を通すサニカルさん。内容を確認すると、一度席を外してペンと印章、赤い蝋燭を持ってきて、何も言わずに書類にサインして赤蝋で印を押す。


 ついでに2村の村長あてに何やら書類を書き上げてこちらにもサインと印章を付ける。


 全ての書類をリロイさんに渡すと、溜息を一つつくサニカルさん。



 「頭の痛い話だが、これで法的には彼女の妹、シリル殿の親権はご両親からエリー殿に移った。少々強引な手法だけどな。


 だが、これは法と書類だけの事、力ずくで事に及んだとて問題は無いだろうが、ご両親とは揉めるのではないのかな。良ければ、私が間に入っても良いが。」



 元からお願いするつもりだったから断る理由は無い。そのご厚意を素直に受ける事にして、離れから出て2村に向かう事になった。


 はて、何やら屋敷の玄関付近で騒ぎが……あっ。

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