やるしかないのは建国!?

第55話 懊悩

 ……王というより、オー・ノーだよな。


 ベイオの脳内では、さっきから「どうしてこうなった!?」の絵文字が踊りまくっていた。

 そんな本人そっちのけで、事態はさらに急展開を見せる。


「ゾエン、どうしましたの?」

 呼び出されたファランが、ベイオの隣に座る。アルムとは反対側に。


「率直に伺いたいのですが、ファラン姫。ベイオのことはどう思っておられますか?」

 率直と言うか、直球と言うか。


 今度はファランが硬直する番だ。


「え、あの、それは……」

 真っ赤になり、うつむく。

 言葉にするまでもないくらい、あからさまな反応だ。


「憎からず思われてるなら重畳ちょうじょう。日取りを決めて、お二人の祝言を挙げましょう」

 どんどん話が爆走する。乗り遅れた新幹線を、ホームで見送る気分。

 この国の貴族や王族では、年齢制限なんて存在しないのだった。


「あの、その前に僕、お母さんに相談しないと」

 ここぞとばかりに、子供であることを強調したのだが。


「わかりました。私も男です。明日にでも、ご母堂をお迎えに参ります」

 猛スピードで外堀が埋められた。災害復旧での、日本の土建業並みだ。


「ご母堂と私が夫婦となれば、私もベイオ殿の父親となります。姫のご両親とも知古。この縁組みに、水を指す者はおりません」

 絶体絶命、逃げ道なし。

 そして、いつの間にか「殿」と呼ばれてるし。


 ……そりゃ、ファランのこと嫌いじゃないけど。


 なにしろ、殺されかけたところを助けに来てくれたのだ。仲間たちを動かして。

 紛れもない、命の恩人だ。


 出逢った当初こそ、とりすました感じがあったが、色々見聞きして学んだのだろう。身分など気にせず、アルムたち獣人や賤民とも分け隔てなく接している。


 ……でも、結婚となると、別なんじゃないかな……。


 思い出すのは前世の母。

 夫に先立たれてから後。少なからぬ縁談があったが、断り続けていたようだ。理由を聞いたら、「結婚は当人同士だけで済まないから」と答えてくれた。


 当時は、自分に気兼ねしてなのかと思っていた。しかし、いざ自分の事となると、また違ってくる。

 なにしろ、ファランはまだ幼い。数えで九歳だから、小学三年生かそこらだ。

 これから先、歳を重ねるうちに、性格なども変わるかもしれない。

 程度の差はあれ、それは回りの人たちも含めてだ。


 ……それに、大事なイベントが、全部、すっぽかされてるし。


 前世では丸で縁がなかった、告白とかそこに至るまでの、いわゆる甘酸っぱい思春期のあれやこれやだ。

 もっとも、この国での婚姻は親同士で決めることが多い。ヨンギョンとミンジャのように、相思相愛で結ばれる方が珍しいのだ。

 だから、ベイオが思うほど、自由恋愛のチャンスはないのかも知れなかった。

 それでも、幼馴染みとの告白イベントは諦めるしかない。


 そこで、ふと気付いた。


「王位についたら、国の決まり事とか変えられますよね?」

 おずおずとたずねてみたら、ゾエンはうなずいた。

「もちろん。ベイオ殿は王位を継ぐのではなく、新たな王朝を築くのですから」

 笑顔で肯定された。


「と言うことは、獣人との結婚とかも?」

 アルムが顔を上げた。その言葉でこっちの世界に戻ってきたらしい。

 しばし考えた後、ゾエンはうなずいた。


「国中に浸透させるには時間がかかるでしょうが、可能です」


「ベイオと結婚、できるだか?」

「……大人になったらね」

 精一杯の笑顔で、ベイオは答えた。


 と、反対側のファランがすっと立ち上がったので、ベイオは身を固くした。


 ……もしかして、怒った?


 だとすると、婚前不倫である。成田離婚より早い。


 しかし、彼女はアルムを背後から抱き締めた。

「前にも言ったわよね。わたくしたちが仲良くしないと、ベイオを苦しめるって」

「ファラン……」

 アルムは振り返った。その琥珀色の瞳に、黒曜石の光を宿すファランの瞳が映り込む。

「正妻と副妻なら、姉妹と同じよ」

「ファランお姉ちゃん、だか?」

 微笑んで、ファランはアルムにうなずいた。


 良かった。そう思った次の瞬間、ベイオは思い出した。


 ……ジュルムとジーヤになんと言おう?


* * *


 次世代の王たるベイオが、国造りなどとは全く別次元で思い悩んでいる、まさにその頃。

 当代の王は、遥か北の土地、ギジュ郡の寒村で思い悩んでいた。


「中つ国からの返事はまだか?」


 言うまでもなく、救援依頼の返事だ。兵と物資、両面での。

 問われて返答に窮するのは、宰相のル・セイロン。額を擦り付けるように拝跪しつつ、脂汗を流しながら答える。


「はい、将軍の人選と兵の召集に今しばらくかかると……」

「しばらくとは、いつまでじゃ」

 その声は震えていた。頬や喉元の肉ひだも。


 苛立ちであれ、恐れであれ、無理もない。こうしている間も、ディーボン軍は着実にこの地へ向かっているのだ。

 しかし、その問いかけの答えは、セイロンこそが知りたかったことだ。


……冊封の盟約は、一体どうなっているのだ!


 何百年も生娘や財宝を献上してきた挙げ句、このまま見捨てられたとあっては、間尺に合わない。


「やはり、中つ国まで逃げ延びるしかないか……」

「それだけは、それだけは、何とぞ!」

 絶対に駄目だ。


 国同士の盟約は、突き詰めると王家や皇室同士の約束に過ぎない。国王側がこの地を離れれば、中つ国はその命を保証するだけでよくなる。


 身の安全と生活費は保障してやる。国土を取り返したかったら、自力で何とかしろ。


 それで、すべてが終わってしまう。

 少なくとも、盟約で交わされた条文を読み解く限りでは。


 その意味するところは、麗国の滅亡だ。長年、化外の地と格下扱いしてきた、ディーボンに併呑される形での。


 避けなければ。それだけは、なんとしても避けなければ。


 その狂おしいまでの想いが、思考の幅を狭めている。聡明なセイロンと言えど、そこが限界であった。


 と、そこへ伝令が到着した。早速、謁見の間……と命名した、田舎代官屋敷の土間に通される。


「金帝国全権特使、兼、東夷討伐軍聡大将、リウ・ジョショ殿より。進撃の準備完了。ジョ・レンギャ師を伴い、ギジュ郡へ七月中旬、到着の予定」


 ……七月中旬なら、あと一週間。


「主上。リウ・ジョショ大将と配下が到着し次第、反撃の作戦立案に入ります」

「うむ。善きに計らえ」


 退出するとき、セイロンは打ち震えていた。

 リウ・ジョショは、中つ国でも五本指に入る古代からの名家、リウ家の御曹司だ。率いる兵は彼の私兵であるが、その練度は折り紙付きだ。

 このリウ家の威光にあやかって、この半島でもその苗字を名乗る家が増えたほどだ。

 麗国王の始祖からして、そうだった。


 そして、ジョ・レンギャ師と言えば、中つ国にて第一の呪法師。必ずや、この度の戦でも、活躍していただけるに違いない。


 ……この戦、負けられぬ。いや、負けるわけがない。


 そう、信じて疑わぬセイロンであった。



* * *


「ふむ。やはり、来るか」

 シェン・ロンはつぶやいた。


 瞑想ののち、明確な問いを心に強く念じたまま、手に持った筮竹ぜいちくを左右の手に分ける。

 そして、左右の手にある筮竹の数から一定の法則で算出した値で、易経の表を引く。現れた記号や解説を組み合わせることで、問いかけの答えが浮かび上がる。

 これが、この世界の易経、呪力を基にした占いである。


 老師が放った問いかけは明確だった。

 今代で最強と噂される、中つ国きっての呪法師、ジョ・レンギャの動向だ。彼が来るか否かで、今後の戦術・戦略は大きく変わる。


 ジョ・レンギャは、よわい九十以上と聞く。シェン・ロンより二十歳近く年上だ。

 鍛錬に要した年数こそが重要となる呪法では、到底かなわぬ相手のはずだ。

 しかし、シェン・ロンは不敵に笑った。


 ……保持する呪力の違いが、戦力の決定的差ではないということを……教えてやろうぞ!


 特に赤くもなければ、三倍速いわけでもないシェン・ロン。

 しかし、作戦は既に組み上がっていた。

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