第23話 収穫祭

 田畑の刈り入れが終わり、年貢に納める分は代官屋敷の倉に納められた。

 そして、村は収穫祭を迎える。

 祭りが終われば、代官は年貢の作物と共に都に上る。そして、向こうで冬をすごし、春に戻ってくる。


 ……まあ、戻ってこなくても良いけどさ。


 どうも最近、その代官からにらまれている気がする。ベイオとしては、何も身に覚えがないのだが。なので少々、こちらの印象が辛らつになるのも仕方がない。


 そんなことより。例年より豊作で、冬を越すのに十分な蓄えもある。心置きなく、祭りを楽しめばいいはずだ。


 この国の祭りは、先祖に作物を供えて、歌や踊りを捧げる、と言う内容だ。去年の記憶をたどると、なんとなく盆踊りのような感じだ。

 おかげで、朝から村のあちこちで笛や太鼓を練習する音が響く。メロディーは異なるが、楽器の音色はよく似ていた。

 日頃、娯楽らしいものが皆無なだけに、誰もがそわそわしてる。


 そのせいか、隣のファラン姫がチラチラと縁側の方を盗み見てる。やっぱり子供だよな、と思うベイオだが、まさかすぐ隣に座る自分を見てるなどとは、思いもつかない。

 昼になっても席から立たないのはなぜか、なんてことも。


 今は午後の辰字書き取り中。

 ロン老師の講義は、地理が主だった。漠然とそうではないかと思っていたが、この麗国のある半島の南側には、島国があるらしい。ただ、この世界の日本かどうかはわからない。

 なにしろ、獣人とか魔法……呪法なんてのがある世界だし。大陸には魔物なんてのまでいるらしい。

 この国にしても、文字も言葉も見たことないものばかりで、だから放課後……いや午後に補修なんて受けてるのだから。


「どんな国なんですか、その……ディーボン国って」

 ベイオの質問に、老師はファランに話をふった。

「どうじゃ、姫様。いい復習になるじゃろ」

 ファランにはそれが、「良いところを見せてみぃ」という風に聞こえた。心中を見透かされたように感じて、ちょっとムッとする。


「同じ王朝がずっと続いているから、古い国ではあるわ。でも、世継ぎ問題から百年も戦争しているような、野蛮な国よ」

 ツン、と顎を上げて、一気にまくし立てた。

 なるほどな、とベイオは思う。

 「戦後」という平和な時代が七十何年も続いた日本……彼の知る母国とは、明らかに別の国だ。


「麗国では戦争は起きてないんですか?」

「うむ。他国との戦は起きておらんな。国内の戦乱も、何年も続いたものはない」

 へぇ、と感心したベイオだが、生憎、書き取りをしながらだったので、老師の眉間に刻まれたシワがいつになく深いことには気づかなかった。


 ベイオの書き取りが終れば、午後の補修は終わりだ。

 着替えて離れから庭に出ると、背後から声がかかった。


「わたくしも行くわ」


 白い衣裳に着替えたファラン姫だった。秋晴れの日を浴びて眩しいくらいに白い。


 ……目立つよなぁ。


 下民の白装束は、染めた布地の服を着ることを禁じられているためだ。麻布は繊維が丈夫で洗濯に強いから好まれる。漂白しているわけでもないから、くすんだ色合となる。

 つまり、実用一点張りだ。


 同じ白でも、木綿の生地は明らかに違う。

 これで、本人は村の子供と見分けがつかない、と思ってるのだ。


「いいけど、その服、汚さない方が良いと思うよ」


 追い返すわけにもいかないので、ベイオはそう言って家路に着いた。


* * *


 ……で、こうなるんだよな。


 アルムに密着されるのだ。

 作業を手伝ってくれるのはありがたいし、握力も何も段違いだから頼りにもなる。それでも、今やってる精密加工では手を借りる場面がない。

 なにより、手元を見て作業を覚えてくれるのならいいのだが。どうもさっきから、作業小屋の戸口に立つファランを睨んでるばかりだ。


「やけに複雑な形だけど、それは何なのかしら?」


 そう言って、ファランはベイオが磨いている木片を指さした。アルムの視線を見事にスルーしている。

 木片は、雲形の滑らかな曲線に削りだされていて、おおよその中心には四角い穴があけられている。


 問われて、ベイオは返事に窮した。この国の言葉で何と呼ぶのやら。


「えーと、『操り車』かな。呼ぶとしたら」

「操り車?」


 オウム返しだが、それには答えず、車の周囲に指を滑らせる。綺麗に磨けたことを確認すると、他の数枚の「操り車」と束ねて、それらの四角い穴に角材を差し通した。それを木箱の中に納める。

 角材の両端は丸棒に削られていて、木箱の側面から突き出していた。そこをつまんで回してみると、木箱の中の操り車が回転した。凹凸のある曲線がうねるように動く。


「よし、いい感じだ」


 箱から突き出した軸に歯車をはめ、蓋をする。蓋には操り車の数だけ穴が開けられていた。

 続けて、作業小屋の奥から薄い板材で作った仕掛けを取り出す。


「……それって、もしかして鳥?」

「うん。始祖鳥」


 化石で見つかった鳥ではなく、ロン老師の講義で聞かされた古代の神話に出てくる方の鳥だ。

 仕掛けは、羽を広げると一メートル近くある。その下からは数本の長い竹ひごが下がっていて、ベイオはそれらを操り車の箱の蓋に開けられている穴に刺した。


「見ててね。面白いよ」


 歯車を回すと、中で回転する操り車の曲線に合わせて竹ひごが押し上げられ、始祖鳥が羽ばたきだした。真ん中の一本が翼、残りの何本かで頭と尻尾が上下する。


「……素敵」


 ただ一言、ファランは声を上げるのが精いっぱいだった。


 しばらく回して見せた後、竹ひごを引き抜いて始祖鳥の仕掛けを外す。そして、操り車の箱を取り上げ、小屋の外に止められている荷車へ歩み寄る。


「ようやく、これでそろったな」


 荷車の荷台の中には同じような箱がいくつか置かれていて、車軸に着けられた歯車を介して回転する軸で結ばれていた。

 一番前のところに空いたスペースに、今作った箱をセットする。


「アルム。ちょっと荷車を動かしてくれる? そっとね」


 うなずくと、アルムは荷車の引手を掴んだ。ゆっくり、荷車を前後に動かす。それにつれて、荷台の中の歯車が回り、操り車の箱が音を立てた。


「よし、もういいよ。全部の仕掛けを付けてみよう」


 先頭に始祖鳥。その後ろに武器や農具を持った人形が続く形。始祖鳥に導かれてこの半島にやって来た祖先の行列だ。


「少し走らせてみよう。ゆっくりとね」


 アルムが荷車を引くと、始祖鳥が羽ばたき、人形たちが武器や農具を振りかざして歩き出した。


「面白いだ!」


 アルムも機嫌が良くなってくれた。動きをよくみたいだろうからと、途中でベイオが交替すると、大はしゃぎで飛び跳ねながら、荷車について歩く。


 ベイオが作ったのは、ようするに山車だ。祭りで良く引かれるもの。

 しかし、車が殆どないこの国では、今までおそらく無かったはず。姫君であるファランですら、初めて見るものだった。


* * *


 収穫祭の当日。


 広場の中心に櫓が組まれ、笛や太鼓の奏者が登る。楽の音は違うものの、その周囲で村人が踊る姿は盆踊りとそっくりだった。


 その踊りの輪の外側を、ベイオの山車を先頭にした行列が練り歩く。

 山車は一台しか作れなかったが、普通の荷車に子供たちを乗せて後ろにつけた。人形たちのあとに続く行進と言うわけだ。

 子供たちは誰もが乗りたがるので、荷車の列のさらに後ろから付いてくる。なので、広場を一周する度に交代にした。

 ベイオは最初、山車を引いていたが、これも、交代制となった。


 歩き疲れたベイオは、輪の外に来て少し休むことにした。


「おう、またスゲーの作ったな、ベイオ」


 声だけでわかる。木こりのボムジンだ。まだ明るいのに、その手にある盃は酒だろう。


「来年はもうひとつ作るよ」


 毎年、一つずつ。どんなからくりで何を動かすか。神話だけでも、いくらでも題材はあった。


「収穫祭なんて、飲んで騒ぐしかなかったのに、面白いもんだな」

 グイ、と盃をあおって続ける。

「冬は南の海辺で過ごすつもりだったが、この村も悪くないな」


 半島の南端にはいくつかの漁港があり、海岸を暖流が洗うため冬でも暖かい。老師の講義でそう聞いたのを思い出す。


「村で過ごすなら歓迎するけど」

「けど、なんだよ?」

「お母さんに言い寄るのはやめてね」


 一瞬の沈黙の後、ボムジンは吹き出した。


「おいおい、俺はこれでも諦めはいい方なんだぜ」

 カラカラと陽気に笑う。

 そんなボムジンのことを、ベイオは好ましく思っている。先日ファランに対してそうだったように、がらっぱちな性格だが面倒見はいい。


「お前の母ちゃんの相手は、やっぱ学のある利口な奴でなきゃな。お前の父ちゃんになるんだから」


 父親、か。

 学のあるなしなんて、どうでもいい。母親や自分を大事にしてくれるのなら。

 アルム父もボムジンも、その点は合格だ。でも、一番大事なのは母親、エイジャの気持ち。そればかりはどうしようもない。


 ……まだ若いんだからね。


 前世て憧れてた女性、アキナさん。ベイオの母は、彼女より年下かもしれない。

 幸せになってほしい。


 やぐら太鼓の向こうに、一番星が輝いていた。その光を見上げながら、ベイオはそう願うのだった。

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