やりまくれ富国強兵!

第76話 朝議

 九月に入っても残暑はまだ厳しい。それでも、朝方は涼しい風が吹く日が増えて来た。

 朝餉あさげを取る広間へ、ベイオは入った。


「おはよう、ファラン」

 上座の近くに座る彼女に声をかけると、ファランは結い上げた黒髪を揺らして、手にした書面から顔を上げた。


「おはようございます、ベイオ」

 微笑むファランの隣に腰を下ろし、ベイオは彼女の手にある書面を覗きこんだ。

「孤児院の報告書だね?」

「ええ、予定より人数が増えてしまいましたから」


 当初、都の貧民街に放置されていた戦災孤児を対象に計画していた孤児院だが、先ほどの台風で親を失った子供がさらに増えてしまった。そのため、用意していた逃亡貴族の空き家だけでは足らなくなり、隣の館を接収することになったという。


「食事の席に持ち込んでしまって、ごめんなさい」

 詫びながら、傍らの女官に書面を渡す。

「建物が二棟になるなら、男女で分けた方が良いと、セイロンさんがおっしゃるので」

 男女七歳にて席を同じゅうせず。こちらの呪教でも、そっくりな文言が経典に記されている。

 ベイオの生まれた村のように辺鄙なところならまだしも、都では周囲の目が厳しくなるので、なるべく合わせておいた方が良いだろう。

 ただ、ベイオとファランは一応婚約しているから、まだいい。問題は、アルムだ。


「ベイオ!」

 赤毛の犬耳幼女がフサフサの尻尾をなびかせ、パタパタと走ってきてベイオのとなりにペタっと座った。ぴったりくっついて。

「おはようだ!」

「……おはよう」

 近すぎる。おまけに、腕にしがみついてグリグリと頬擦りまで。

「起きたらベイオいなくて、さみしかっただ」

 ウルウル目で言われると、注意しづらいのだが……。

 台風被害の救援で、ファランと現地に残ると言ったときは頼もしかったのだが、実は相当寂しかったらしい。帰ってきてから、ずっとこうだ。部屋を与えているのに、気が付くとベイオの寝床に潜り込んで来る。


「お行儀が良くなくてよ、アルム」

 やんわりと、ファランがたしなめる。

「そんなにくっついていたら、膳を並べる女官達が困るでしょ?」

 二人の前で、お膳を持った女官二人が途方にくれていた。

「むー」

 それを不満そうに上目でにらんで、さらにしがみつくアルム。

「ベイオもそれじゃ、食べにくいでしょ」

「……うん」

「やー! ベイオにアーンしてあげるの!」

 駄々をこねるアルムに、ファランはスッと目をすがめた。

「なら、老師さまにビリビリしていただきますよ?」

 途端に、アルムはビクッとなって、ベイオから座布団一枚分離れた。

 神龍に攻撃呪法を封じられた老師だが、人を傷つけない程度なら使うことができる。光ならロウソク程度の明るさ。電撃も真冬の静電気ぐらいなら制約されない。

 アルムも、身体強化すれば電撃など相当耐えられるが、不快感が消えるわけではない。先日、お仕置きを食らって、かなり堪えたようだ。


「ほう、今朝の子供らは早起きじゃのう」

 シェン・ロン老師が入ってきて、アルムの向かい側に座った。すると、アルムはパッと飛びすさって、座ってた座布団を頭に被った。

「やー! ビリビリ、いやー!」


「嫌われたものだな、シェン・ロン」

 もう一人の老師、ジョ・ギョレンが上から声をかけた。女官が押す車椅子に座っていて、からかうような笑みを浮かべていた。

「ふん、厳格な教師こそ、最後に感謝されるのじゃ」

 シェン・ロンの負け惜しみに、ギョレンはシワだらけの顔に笑いじわを追加した。そして、自らに身体強化の呪法を掛けると、車椅子から立ち上がりシェン・ロンの隣に座った。

 女官が車椅子を押して出て行くと、入れ替わりに別の女官たちが朝食の膳を二人の老師の前に配する。


 老師二人の会話は中つ国の言葉だったので、ベイオには聞き取れなかった。それでも、表情などから大体の意味はわかる。


「ギョレン老師、動けるようになって良かったですね」

 ベイオがシェン・ロンに話しかけると、ニカッと笑って答えた。

「病人に酒はやらん、と言ったら起き上がりよったわい」

 女官が出て行った方を指さして続ける。昨日、ヤノメが連れ帰った武官を歓迎する酒宴が別室であったのだが、ギョレンは病人だからと招かれなかったらしい。

「あの車椅子も無駄にならずに済んだしのぅ」


 呪力合戦で消耗し、一時は寝た切りになるかと思われたギョレンだが、治癒と身体強化の呪法で何とか起き上がれるようになった。ただ、身体強化を常時行うのは無理なので、普段の移動に使えるようにベイオが車椅子を作ったのだ。


「あ、お母さん、ゾエンさん、おはようございます」

 エンジャを伴ってゾエンが広間にやってきたので、ベイオは挨拶した。

「ああ、おはよう、ベイオ、ファラン姫」

 公式の場では皇帝・皇后と臣下夫妻だが、家の中では親子だ。コの字型に設けられた座布団の上座に、ゾエンはエンジャと並んで座った。

「では、朝餉あさげとしよう」

 ゾエンが皆に告げた。ベイオもアルムに声をかけ、きちんと座らせた。

「先祖に感謝を」

 家長として祈りを捧げ、食事が始まる。


 そのゾエンの顔色が優れないことに、ベイオは気づいた。このところ、帰りが遅かった。疲れが溜まっているのだろう。


 食事が終わると、ベイオは自室でこっそり作業服に着替えた。道具箱を抱えて、裏口へ抜き足差し足。

 その首根っこを、むんずと掴まれた。

「こら、どこへ行く」

「今日ぐらい、見逃してよゾエンさん」

 台風やディーボンの撤退や中つ国の軍勢と、このところ公務ばかりで、肝心の技術学校の教材等が揃っていないのだ。

「開講までに、最低限の実験器具は作りたいんだよ」

「その学校にも絡む事案がある。朝議をサボるな」

 そのまま横抱きにされ、謁見の間代わりの迎賓館へ強制連行だ。伴の者をぞろぞろ引き連れてはいるが、まさかこれが皇帝の一行だとは、誰も思わないだろう。

 迎賓館へ着くと、女官達にいつもの金蘭緞子に着替えさせられた。


 ……重いし、硬いし、大きすぎるし。


 背が低すぎるから、腰の辺りでたくしあげ帯で隠している。そのせいで、金糸をふんだんに使った分厚い生地がさらに厚くなっている。おそらく、ベイオの体重と同じくらい。おかげで、身を屈めるのにも苦労する始末。

 朝議が嫌になるわけだ。


「今日は公開朝議で、秋の税が議題だ。これが決まらないと、国の今後が成り立たん」

「富国強兵でお願いします。あとは任せます」

「それが実現できるかどうかが、この朝議で決まるのだ」

 そこまで言われると、逃げ出すわけにも行かなくなる。


「……やっぱり、歳入が問題?」

 見上げたゾエンの顔は、眉間のシワが五割増しでうなずいた。

 学校も孤児院も、先立つモノは予算。

「いいか。お前は黙って書状に玉璽を押すだけで良い。余計なことは言うな」

 全部、御膳立ては済んでいて、皇帝はメクラ版だけ押せばよいらしい。それでも、皇帝自らが行うことに意味があるのだそうだ。


 はぁ、とため息をついて、ベイオは謁見の間に向かった。


 玉座の脇に続く扉の前では、いつものようにジュルムが盾を構えて待ち構えていた。彼はゾエンに向かってうなずくと、扉を開けて二人に続き謁見の間に入った。


 扉が閉じられ、月初めの公開朝議が始まる。


* * *


「……以上、各道からの報告をまとめますと、この秋の年貢は最低でも三割減となります」

 報告の書状を読み終えると、青い朝服の上級官僚は下がり、並みいる官僚達の列に戻った。

 入れ替わりに別な官僚が前に出ると、拝跪した。そして体を起こすと、朗々と祝詞のような口上述べ始める。

 曰く、「皇帝の威光は国を照らし、臣民は悦びにうち震え」云々。

 毎度ながら繰り返されるしきたりにうんざりするベイオだが、ゾエンによればこれも皇帝としての権威を保つために必要なのだそうだ。

 そして、ようやく本題だ。その官僚が立ち上がり、朝服の懐から取り出した書状を読み上げる。再び長々しい美辞麗句が続いた後、本当の主文は極めて短く簡潔だった。


「かかる国庫の逼迫に対応するため、この秋の人頭税を一石二斗から一石六斗に引き上げることを上奏するものなり」

 そして、書状を元のように折り畳み、深々と礼をした後、ゾエンの持つ盆の上に畳んだ書状を置いた。

 ゾエンは、その書状の載った盆を、恭しくベイオの前に差し出す。

 ベイオはその書状、上奏文を取り上げ、広げて目を通した。

 やはり、主文はたった一行だった。


 玉座の側に台が置かれ、朱肉と玉璽が用意された。後はこれを押すだけの、簡単なお仕事。そのはずだった。

 しかし。


「税が足りないから増税する……それしかないの?」


 思わず口からこぼれてしまった疑問。

 戦と台風の被害で、生産量が落ちている。そもそも、国民くにたみが食べる量すらおぼつかないのに。


 米の単位で、一石とは十斗。これは大人ひとりが一年間食べる量だ。米ばかり作ってるわけではないので、ひえあわなどの雑穀も米に換算している。

 人頭税は、成人男子の人数分がかかる。子供でも、五歳以上は半人分だ。それ未満の男児や老人、女性は含まれない。とはいえ、彼らも食べさせねばならない。

 その上でさらに、一・二人分を税として取り立てていたのに、四割も増やすと言うのだ。


 ……また、来春に消える子供たちが出てしまう。それも、国中で。


「ダメだよ、これでは……」

 ファランが悪夢で見た、顔のない獣。民衆の蜂起が起きてしまう。

 胃のあたりが苦しい。吐きそうだ。


 ふと顔を上げると、書状を読み上げた官吏がひれ伏して震えていた。そして、その傍らではゾエンが、真っ青な顔でベイオを睨んでいた。


 その時ベイオは、自分が何かとんでもないことをしでかしたのだと悟った。

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