第13話 設計

 しましまジュルムが、かなり作業を頑張ってくれている。松脂を集めたり煮詰めたり、煮込んだ木材を丸めたり。「なんで俺がこんなことを!?」とぼやきながらだが、よく働いている。


 まぁ、アルムが熱心なので、サボってたら嫌われるだけだから、だろうけどね。


 一緒に何度も作ってるから、製造作業それ自体はアルムに任せても大丈夫。板材を煮込んで柔らかくするところのみ、火を使うからアルム父に監督してもらう必要があるだけだ。

 あとは、アルムとジュルムの二人でやれる。


 そこで、ベイオは紙を接着して繋ぐ作業に入った。まず、にかわ湯煎ゆせんで融かし、代官から貰った紙の端に塗り、繋いでいく。縦に四枚繋ぎ、それを四枚、横に繋ぐ。

 膠は冷えると固まるので、すぐに三枚の大きな紙が出来上がった。

 とは言え、はっきり言って紙の質は良くない。和紙に近いが、障子紙よりも分厚いくらいで、繊維も荒い。扇子や提灯みたいな工芸品に使うには味があるかもしれないけど、製図用には向かない。

 それでも、木板に作図するよりは、はるかにましだ。


 その一枚を平らな机の上にピンで固定し、そこに以前作ったコンパスと定規で同心円を描いていく。墨と筆では難しいので、手製の鉛筆を使った。黒鉛を削った芯を木の細い筒の先端に詰めたものだ。


 この黒鉛は、村中から工具を集めた時に手に入れたものだ。元は鋳掛屋が金属を融かすのに使っていた坩堝るつぼで、割れて捨てられていた物らしい。


 これを見つけた時には、ベイオは小躍りしたものだ。鉛筆はもちろん、細かい細工物、例えば時計みたいな精密機械の軸受に最適な素材だったりする。

 が、それはまた別の機会に。


「うーん。やっぱり、板の厚さが大事だな」

 悩みはやはり、工作精度だ。


 手桶の場合は問題にならなかった。内径さえ底板にあっていれば、水漏れなどは起きないからだ。

 しかし、こちらは外径もピッタリそろわないと意味がない。


「ベイオ」

 考え込んでるベイオのところへ、作業を終えたアルムがやって来た。手桶の板材を巻くのが終れば、あとは乾くのを待つだけだ。時刻は昼頃。

「何を描いてるだ?」

 手元を覗きこむが、大きな円と四角が描いてあるだけで、それが何なのかアルムにはさっぱりわからななかった。


「これはね、設計図だよ」

 一枚目は横から、二枚目は上から、三枚目は前から描かれている。つまり、三面図だ。


「せっけいず?」

 キョトンとするアルム。

「作りたいモノを設計して、図に描いたものさ」

「せっけい?」

 オウム返しだ。


 それも当然だろう。ベイオにしたって、この国ではまだ設計図が必要なほど複雑で精巧なものは見たことが無い。精々、代官屋敷くらいだ。あれだって、簡単な間取図があれば良い方だろう。


 しかし、これから作りたいものには動く部分がある。代官屋敷の帰りに母と話したように、部品の干渉などを考えると図に起こして検討が必要だった。


「作り始めたら、この図の意味もわかって来るさ」

 頭の上にハテナマークを沢山浮かべてるアルムにそう答えて、ベイオは考えを進めた。


「板の厚さはそろえるとして、何より、軸受けだな……リグナムバイタは無理でも、せめて摩擦に強くて硬い木材じゃないと」


 リグナムバイタとは、木製軸受けに使われる最高級品の木材だ。ハマビシ科の常緑高木で、数ある木材の中で最も硬いとされている。

 そればかりか、油脂分を多く含んでいて、摩擦でそれが染み出すことで、潤滑油が要らない理想的な軸受になる。近年まで、船のスクリューの軸受に使われていたという。

 ……以上、木工オタクな松崎先生からの受け売りだ。


 動画サイトで見たが、リグナムバイタを削って包丁を作ったという猛者もいたようだ。


かしとか柘植つげは無理でも、せめてけやき位は使いたいよな……」

 どれも硬さに定評のある木材だが、このあたりの野山には見当たらない。


「ミズナラで何とかするしかないか」

 手桶に使っている木材だ。これも、かなり硬い方ではある。


「問題は、摩擦を減らす方なんだよな」

 木材同士をこすり合わせれば、そのうち摩擦で燃えだす。この村でも、日常的にそうして火を起こしている。しかし、軸受けが燃えだしてはたまらない。


 しかし、よく乾燥させた木材を油に付け込んでおけば、リグナムバイタとまではいかなくても、実用的な軸受材になるはずだ。しかし、どんな油にどれだけつければいいのか。こればかりは、試してみるしかない。


「軸を綺麗な丸棒に削るのも、硬い軸受に穴をあけるのも、大変だよな」


 電動ドリルなどあるはずがない。というか、ドリルの刃それ自体がこの世界にあるかどうか。ノミで根気よく彫るしかないなら、気が遠くなりそうだ。


 それでも、やる価値はある。

 そう、無ければ作れ、だ。


 まずは工具から作ろう。轆轤ろくろを応用して旋盤を作ったように。

 そして、軸受けにできる木材も探そう。


「材料を集めに行こう、アルム」

「うん!」

「待ってよ! 俺も行く!」

 すると、もれなくジュルムもついて来るのだった。


 三人は裏山に向かった。

 木材のことなら、木こりのオジサンに聞くのが早い。


「ボムジンさん!」

 ベイオが声をかけると、木こりのオジサン……ボムジンは丸太から顔を上げた。

「おう、ベイオか」


 あと五日ほどでよそへ行くと言ってた彼だが、代官屋敷から追加の注文が来たのと、ベイオがお礼にと用意した食事や酒が気に入ったので、まだこの村にいた。名前は、その時に教えてもらった。


 実際には、その時お酌をしてくれたベイオの母、エイジャに一目惚れしたのが最大の理由だが、本人のために伏せておく。


「あのね、このあたりに生えている木について教えて欲しいんだ」

 ベイオの質問に、ボムジンは答えていった。


「お前も物好きだな、そんなに面白いか? こんなこと」

「面白いよ、凄く面白い」

 そして、知らない事を知って行くのは楽しい。


 昼の休憩が終わるまに、ベイオは知りたいことをあらかた聞き終えた。


「じゃあ、俺は仕事に戻るぞ。木っ端は好きなやつを持って行きな」

「ありがとう、ボムジンさん!」


 結局、このあたりで一番硬い木は、やはりミズナラらしい。

 そこで、まずはミズナラの端材を集めることにした。アルムやジュルムに手伝ってもらって、幹の色々な部分の端材を集めた。


 よし。あとは油だな。


「ジュルム、君の『爺や』さん、家にいるかな?」

 突然聞かれて、ジュルムの目が丸くなった。

「今日はいると思うけど……」

 それならありがたい。


 動物油なら、狩猟や屠殺を生業とする獣人が詳しい。菜種油などの植物油は税として徴収されるので、手に入りやすいのは動物の方だ。


 木切れの入った籠を背負って、ベイオは二人を連れて裏山を駆け下りていった。


 「爺や」は家にいて、皮をなめしていた。

 ジュルムによれば、爺やは昨日、山でイノシシを捕ったという。その毛皮を剥いで柿渋から作ったタンニンに浸け、防腐性と柔軟さを出す工程が「なめし」、そうしてできたものが「革」だ。


 この時、腐りやすい皮下脂肪は丁寧にそぎ落とす。肉の方も余分な脂肪は切り落とすので、結構な量が取れる。これらを煮詰めたりして取り出した動物油が、日本で言うところの豚油ラードだ。


 この村での油の用途は、調理以外では灯明で燃やす燃料だ。しかし、これに好まれるのは植物油。室温でも液体で扱いやすく、燃やしてもほとんど臭いが無い。

 室温では固まってしまう上に、特有の獣臭さがある動物油は、やや敬遠されている。そのおかげで、ある程度は村民との物々交換で出回っていた。


「『爺や』さん、豚油を少し分けてください」

 まずは軸受に適した木材と加工法の実験だから、量はそれほど必要ない。それより、豚油の性質を聞いておきたかった。

 日本では揚げ物の油によく使われたが、こちらではそうした調理法は一般的ではないようで、もっぱら燃料に使われている。融かして藁束などにしみこませて、蝋燭のように燃やすのだ。

 短時間で燃え尽きてしまうので、滅多に使われないが。


「なるほど、湯煎で融かせばいいんですね」

 「爺や」さんの獣人語をジュルムとアルムに通訳してもらい、ベイオは納得した。揚げ物のイメージが強くてグツグツ煮るのかと思ったが、「手を入れるとちょっと熱い」程度のお湯で充分だそうだ。


 早速、軸受けの試作に取り掛かろう。

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