第8話 引換券

 アルム父が失敗作として捨てた素焼きの中から、端が欠けているけど充分に使える壺を拝借する。前回より、少し大きめのものだ。

 それを抱えて、さらに薪拾いの籠も背負って、再び裏山へ。

 途中、腕がだるくなったらアルムが代わりに持ってくれた。筋力に関しては、獣人幼女に全くかなわない。


 裏山の、さらに裏側の斜面からは、カン、カンと工具の音がした。木こりのオジサンは、まだ仕事中らしい。


「オジサン」

「おう、この間の坊主か」

「また、端切れもらっていい?」

「いいぜぃ」


 前回のように、細かい端切れと、丸太を角柱にするため削いだ、裏側が丸みを帯びた細長い板を貰う。


「オジサン、この角材や板材、何と交換なら作ってもらえる?」

「なんだ? 随分と剛毅だな」

 からからと大笑いして、オジサンは答えた。

「一晩、美味い飯と美味い酒で楽しませてくれりゃ、やってもいいぜ」


 曖昧だな。

 そう思ったベイオは、具体的に聞いてみた。


「どんなお酒をどのくらい飲みたい? 好きな食べ物は何で、どれくらい食べたい?」

「おい、本気かよ?」

 呆れかえって、オジサンは手が止まってしまった。

「聞くだけなら、ただでしょ?」


 麦で作った、焼酎のような蒸留酒をひと瓶。豚肉、鶏肉、魚を大皿に山盛りで。他に着け合わせと、米の飯一升。

 ベイオの家の経済力では絶対無理だが……。


「それから、この村には、あと何日いるの?」

「……まあ、あと五日はいるはずだがな。期待せず待ってるよ」


 よし。これだけ聞けば十分。


 礼を言って、ベイオはアルムと端材や板材を担いで立ち去った。

 そして、裏山のあちこちを回って、松脂を大量に採取してから村に戻った。


 まずは、採取した松脂の半分を木炭と混ぜ、接着剤にする。これ以上は服を汚したくないし、夏に向けてかなり暖かくなってきたから、ベイオは服を脱いで真っ黒のべとべとを練り始めた。

 ……のだが。


「おらもやる!」


 アルムまで服を脱ぎ出したので、ベイオは慌てた。


「だ、ダメだよ! アルムは女の子なんだから!」

「やりたい! やりたいの!」

「お、女の子がそんなこと言っちゃダメ!」


 結局、アルム一人に接着剤の方は任せ、ベイオはなるべくそっちは見ないようにして、別な壺で松脂を融かす作業を始めた。


 ほんのひと月前には、二人一緒に行水もしてたのだが……。


 接着剤となる樹脂の大きな塊が二つ出来たところで、ベイオは裏庭でアルムを丸洗いした。


「どうしてこんなところまで……」


 両手だけでなく、体中あちこちに黒い樹脂が付いていた。背中とかお尻とか、自分では見えない所に。

 洗ってやるには触らなきゃならないわけで……。


「ベイオ、大きくなっただな」

「え? うん、冬の間に背も伸びだかな?」

「尻尾が」

「……え?」


 指さされてるのは、股間。


「でも、おとうはずっと大きいだよ?」

「それは言わないで!」


 ちゃんと服を着てから、新しくできた樹脂の片方を持って、ベイオはとある村人の家を訊ねた。木こりを探している時に目を付けていた家で、時々、市に木工品を出している人だ。


 木工をやるなら、鋸も持っているはず。専門職でないなら、使わない日もある。そんなときなら貸してくれるはずだ。

 そして、接着剤は重宝するだろう。


 二つ返事で、鋸は借りることができた。


「よっぽど接着剤が欲しかっただな、あの人」

「うん。おかげで、使わないときはいつでも貸してくれる事になったし」


 早速、家に帰って作業開始だ。


 まず、前回使った細長い端切れの板材を取り出す。裏側が丸いままのやつだ。二メートルの長さで七本ある。

 新しい端切れが手に入ったから、こっちは全部使うことにした。

 アルム父の両手鉈と作業台を借りて、平らな方の面を薄く滑らかに削る。

 一本削って見せたら、アルムがやりたがったので、コツを教えて頼んだ。父親の手伝いもしているので、飲み込みが早くて助かる。


 その間にベイオが作ったのは、薄く細長い板材に小さな穴を二つ空けたもの。長さは二十センチほど。


「ベイオ、これ何するモノだ?」

「こうやって使うんだよ」


 不思議そうなアルムに実演して見せる。

 二つの穴に針を刺し、端切れの上で片方を押さえて、もう片方をくるりと回して罫書けがく。要するに、コンパスだ。


「まん丸だ!」

「でも、本当に役立つのは、こっちの使い方なんだ」


 両面を平らにした板材の端にコンパスの片方の針を刺し、もう片方を動かして罫書く。罫書いた方を固定して、その反対側を罫書く。

 罫書き終わったら、そこに糸を張って墨線を引いていく。等間隔に印が付いた。

 そして、板材を墨線のところで鋸で切り分けていく。これも、アルムがやりたがったので任せ、次の道具を作る。


「おわっただよ」


 アルムが声をかけて来た。

 幅十五センチ、長さ二十センチほどの木札が七十枚できた。


「よし、じゃあ次はこれだ」


 大きめの竹の葉に小刀で「ベイオ 二日」と文字の形の穴をあけたものだ。これを木札の上に載せて、刷毛で墨汁を塗れば、同じ文字がどんどん描ける。


 そして最後の仕上げに、熱して融かした松脂塗料を塗る。冷えて樹脂が固まれば、完成だ。


 作業台の上に立てて並べた木札が、夕日に染まって照り輝いてる。


「ベイオ、これ何に使うだ?」


 アルムが手に取った木札を指で撫でながら聞いてきた。


「引換券だよ。僕が二日で作れるモノと交換できるんだ」


 無い物は作れ。木工部の合宿で、何度も松崎先生に教わったことだ。


 通貨が無ければ、作ってしまえばいい。

 ただそれだけのこと。

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