第58話 戦場へ

 ベイオは仲間を二つに分けた。


 老師の救援に向かう先発チーム。

 ベイオ、ヤノメ、ジョルム、ジーヤの四人だ。ジーヤが引く獣人車で、一気に北都を目指す。


 そして、ゾエンの帰りを待つ後発チーム。

 ファラン、アルム父娘、イロン、ボムジンの五人。


「また別行動かよ」

 ボムジンはぼやいた。

「ごめんね、奥さん借りちゃうし」

 何といっても、新婚ほやほやなのだ。引き裂くようなことになるのは申し訳ない。

 しかし、ヤノメの知識と呪法は、はずせない。


「それに、老師さまがもし、怪我なんてしたら、連れ帰るために馬車が要るんだよ」


 ベイオも最初は、ボムジンやイロンの筋肉組で力押しを考えた。しかし、事情が変わった。そもそも、龍なんてものに力が通用するはずがない。


 そこで、先発組はスピード重視となった。ジーヤの駿足で女子供だけを乗せるからこそ出せる速度だ。車も小型軽量。

 後発組は、万一の場合の薬や、食糧なども運ばなければならない。これはベイオ救助隊の時と同じだ。


 しかも今回は、ゾエンの力がどうしても必要だ。

 仲間たちに、ベイオは話した。


「かなり大きな合戦のはずだから、たぶん、一時停戦くらいにはなると思うんだ」

 戦には素人のベイオだが、そうなれば交渉が必要なのは予想できた。しかし、中つ国の軍が出てきたなら、ディーボン側はもう、国王なんて相手にしないだろう。本来の相手は、中つ国なのだから。

 つまり、国王の頭越しに、両国の交渉が始まる。この国の事は二の次だ。


 そうなれば、ゾエンの出番だ。国王と話を付けて国内を安定させないと、秋の収穫に響く。下手をすると、「顔のない獣」、農民の蜂起が起きかねない。


 ……悪い王様を倒せば、めでたしめでたし。なんて簡単には済まないよね。


 悪い政治にお灸をすえる。そう言って政権交代しても、何か新しい世の中になったためしはない。もっと酷くなるだけだ。

 残念ながら、異世界でもそれは同じこと。なので、次の王がどうのなど、ベイオにとっては意味がないことだ。


 ……国王が心を入れ替えて、ちゃんと統治してくれれば、やりたいことに専念できるし。


 この国の、ひいてはこの世界の工業化。

 そのためには、秋に向けて準備している技術学校。まずは、ここからだ。

 老師の知識と知恵と経験は、そこにこそ活かしてもらいたい。


「ベイオ……老師さまを、お願い」

 ファランはベイオの手を取って、そう告げた。

「もちろんだよ」

 ベイオは彼女をそっと抱き締めた。アルムもしがみついてくるので、反対側の腕で。


「ベイオ、約束。けがしないで」

「心配ないよ、アルム。ジーヤもジュルムも付いてるんだから」

 ケモミミの頭をポンポンと撫でるが、アルムの尻尾は力なく垂れてた。

 ファランが後発組に納得してくれたので、アルムも我慢してくれたのだ。それでも、不安なのだろう。


 ……以前なら、一緒に行くと駄々をこねたのに。


 この子なりに、成長しているのだ。


「じゃあ、先に行くよ。老師さまを助けて、待ってるからね」


 あえて、元気よくみんなに告げた。しかし、本音は違う。


 ……この中で一番弱いのは僕だ。


 ジーヤやジュルムに守ってもらうしかない、ただの子ども。本当は、足が震えるほど怖い。

 ファランやアルムが心配するのも当然だ。本来なら、背後に控えて守ってもらうべきだろう。


 それでも行くと決めた。ファランが言ったのだ。


「夢の最後に、ベイオが出てきたの。丘の上に立って、なにか言おうとしてたわ」

 最初にベイオに夢の内容を話した時は、混乱していて伝えきれなかったらしい。


 なら、自分が行くしかない。その丘がどこで、誰に向かって何を言うのか、今は分らないが。


 ……何の力もない僕だけど、僕が行かないとその夢は終わらないんだ。


 ファランの見た夢が、果たしてどんな結末を迎えるのか。

 それを見届けるのが自分の役目だと信じ、ベイオは車に乗った。


 ジーヤの俊足に引かれ、車はたちまち都から遠ざかって行く。


* * *


 陽が西に傾くころ、ベイオたちは北都に到着した。


「王都よりはこじんまりとしてますが、歴史を感じますね」

 デドン河のほとりから眺めて、そうヤノメが感想を述べた。河沿いに広がるその街並みは、確かに朱塗りなどが色あせて年月を感じさせる。


「向こうに船が停まってる」

 ジュルムが指さす方向に渡し場があった。


 河の渡し場はディーボン兵が警護していたが、以前ガフにもらった書状を見せたら、すぐに船を出してもらえた。


 対岸で船を降りると、ディーボン兵に案内されてそのまま河沿いの通りを進み、城門をくぐる。

 通された部屋でしばし待たされた。


 ただ時間が過ぎていくのが堪えられないでいると、ベイオの肩に手が置かれた。


「焦る必要はありませんよ、ベイオ」


 ヤノメが優しい声で言った。


「貴方が夢に現れたと言う事は、貴方が到着するまで、事は起こらないと言う事です」

「……それなら、僕が行かなければ龍も現れない?」


 逆に考えればそうなる。


「貴方はもう、行くと決めたのですから、事は起こると決まったと言えるでしょう」


 ……そうなるのか……何やら、大きな流れに巻き込まれたような気がするな。


 そこへ、ゾン・ギモトが現れた。今回は合戦に参加せず、この城の防備をガフから預かっているという。

 突然現れたベイオたちに戸惑っている様子だ。


「龍……ですか」


 まさしく、夢や幻のような存在の話で、ギモトには想像もつかない。

 それでも彼は、詳しく説明してくれた。


「合戦場はピョンアン道ギジュ郡の手前に広がる平原です。先日、わが軍の斥候が国王側の軍勢が集結しているのを発見し、ガフ殿と老師がこれを撃滅に向かいました」


 地図で見ると、ここから北西に二百キロほど向かった地点だ。ほとんど中つ国との国境に近い。


「さすがに、一気に向かうのはキツイかな」


 いくら呪力を体力に変えられる獣人とはいえ、距離がありすぎる。


「なんの。貴方をお助けに参った時は、これ以上を走りましたぞ」


 ジーヤはそう言うが、車に乗る方も体力を消耗する。これから何時間も車に揺られて、夜中にたどり着く計算だ。


「疲れ切った状態で、龍なんてのに対峙するのは避けたいんだよね……」


 弱音ではなく、慎重論だ。


「賢明だと思いますよ。夕暮れまで進んで、途中で野営をしましょう」

 ヤノメも賛成してくれた。野営の際には、呪法で守護の結界も貼ってくれると言う。


 そうと決まれば、出発だ。

 ギモトに礼を言って、ベイオは再び車上へ。


* * *


 半島の西側は平地が続くため、午後の行程もはかどった。


 陽が落ちて、野営の焚火を囲みながら食事を済ませると、ベイオはギモトにもらった地図を広げた。

 あまり正確なものではないが、大体の目安にはなる。


 ……測量して正確な地図も作らないとな。


 何をするにも、課題が積み重なって行く。


「今いるのがこのあたり」


 ベイオが指さしたのは、半島の北部、一番幅が狭くなっている部分の西側だ。


「合戦場は、このあたりらしい」


 この先に横たわる河を渡り、山を一つ越えたところだ。直線距離で言えば数十キロ。ジーヤの脚なら一時間もかからない。


「問題は、この河なんだよね。渡し場が見当たらない」


 正確には、河口だ。二つの河が合流し、川幅が一キロ近くになっている。上流に向かってたどれば渡れる場所があるだろうが、さらにもう一本川を渡ることになる。


「なら、わたくしが呪法で渡しましょう」

 ヤノメが名乗り出た。


「出来るの?」

 ベイオは驚いた。


 呪法とはそもそも、自然現象を操るものだ。少なくとも、老師から学んだ限りでは。

 五行思想でいう世界の要素、火水風金土。これらを駆使して「自然」に起こりうる現象を意のままに起こす。それが呪法だ。

 だから、自在に空を飛んだり、瞬間移動などは出来ない。自然に反する現象は起こせないはずなのだ。


「少々無理やりですが、お任せください」

 ヤノメは自信ありげだ。


 彼女を信じるしかなさそうだ。


 翌朝。

 半島の北部は、真夏でも涼しい。朝方はかなり冷えこむ。


「それでも、これは凄いな」

 思わず声に出てしまう。


 ヤノメが呪文を唱えると、河の水がどんどん凍って行くのだ。

 確かに、真冬ならば起こりえる自然現象だ。それを真夏に起こすには、一体どれだけの呪力が必要なのか。


「さあ、参りましょう」

 こともなげに、ヤノメは言った。


 そして、戦場へ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る