第18話 動力
「今度は何をつくるだ?」
わからないなりにも、アルムは興味津々だった。
「面白いものだよ。それに、きっと便利なはずだ」
そう。実物が完成すれば、荷車以上にこの村を変えてくれるだろう。
ヨンギョンもジョルムも気になるらしく、ベイオの手元を覗きこんでる。
三人に凝視されながら、ちょっと凝ったものをベイオは作り始めた。歯車の価値を実感してもらうために。
まず、二つの歯車の軸受を板に固定する。真ん中に大きな節穴があったので捨てられた廃材だが、この手の試作品にはちょうどいい。
歯車の噛み合具合を調節しながら位置を決め、ヨンギョンが湯煎で溶かしてくれた松脂で接着する。木材をコの字型に組んで、縦軸の歯車をまたぐように固定。天板に開けた穴から、縦の車軸が突き出る。
そこで、横軸の車軸を回して、縦軸が特に引っかかることなく回るのを確認する。
次に、四枚の板を同じサイズの細長い長方形に切る。
そのうち二枚を狭い方の辺でL字型に接着。ただ、縁から少しずらしてあるので、極端に縦棒が片側に寄ったT字型だ。もう二つも同じように接着し、L字型の角を組み合わせると、十字型になった。
十字の中心は、縁をずらしてあるので四角い穴になる。そこに横軸の先端を通し、細い角材を当てて革紐で縛って固定した。
十字を回すと横軸の歯車が回り、天板から突き出た縦軸が回る。
「よし、こっちは完成だ。みんな、着いて来て」
出来上がった仕掛けを抱えて、ベイオは裏の小川に向かった。三人もゾロゾロついて行く。
ある程度、水深があって、川べりが平らなところを探す。手ごろな平たい石があったので、その上に仕掛けを置いて、十字の先が流れに浸かるようにする。
「あ、動いた!」
意外にも、最初に声を上げたのはジョルムだった。アルムとヨンギョンは、ただ息を詰めて回り出した十字型を見つめるのみ。
やがて、アルムがベイオに言った。
「これ……何?」
目がまん丸だ。
「水車だよ」
「すいしゃ……」
いつものオウム返しだ。
「試運転は成功。じゃ、もうちょっと追加しよう」
水車を持ち上げ、ベイオは作業場に戻った。
まず、小さな歯切れでコの字型を作り、天板から突き出た縦軸に横からあてがう。
「これ、押さえてくれる?」
ヨンギョンに支えてもらって、錐を手にし、コの字と軸を貫く穴を開ける。別な板を直径十センチの円形に削り、コの字をその中心に接着する。
松脂が固まったら縦軸にコの字をはめて、錐で開けた穴に折れた釘を刺す。その上から革ひもを巻いて固定する。
「これで全て完成。試してみよう! アルム、粘土を一掴み持ってきて」
アルムはうなずくと、小屋から粘土を持ち出した。
そして、再び小川へ。水車を流れに浸すと勢いよく回り、歯車を回し、縦軸に取り付けた円盤が回転する。
「アルム、ここに粘土を置いてみな」
回転する円盤を指差すと、アルムは納得したように笑顔となった。
「ろくろだ!」
粘土を乗せてそばにしゃがみこみ、回る塊に指を当てて、器の形をなしていく。
父親の仕事の見よう見まねだが、なかなか様になっていた。
そんなアルムを見つめるジュルム。
大成功、と思ったその時。
負荷がかかったせいか、水車の羽板が一枚、根本からもげてしまったのだ。
「あっ!」
アルムが叫ぶより早く、ジュルムが川に飛び込み、流れ去ろうとした水車の羽板を拾い上げた。
ずぶ濡れのまま、羽板をベイオに手渡す。
「もっとしっかり取り付けろ! ペイオ!」
ジョルムの思わぬ行動に、ベイオは目を丸くしながらも礼を言った。
「うん……ありがとね」
ジョルム、ぱっと飛び下がって、にゃお! と吠えて答える。
「ぺ、ぺつにお前ののためにやったんじゃないからな!」
しましま君がツンデレだ。
ベイオは微笑んだ。
すると、アルムが立ち上がり、粘土だらけの手でジョルムの手をつかんだ。
「ジョルム、良くやっただ!」
ジョルムは真っ赤になった。
その後は、水車の改良を加えてもう一度川岸へ。アルムが夢中になって夕暮れまで色々な器を作りまくった。円盤が小さいから、大きなものは作れないが、小さな壺や椀などがどんどん出来ていく。
ただ、何故かどれも、最後に目鼻が付けられていた。
……お人形のつもりなのかな?
考えてみたら、この子はまだ、お人形遊びをしてて当然の年頃だった。アルムもジュルムも歳のわりにしっかりしてるから、忘れがちではあるが。
「これ、ベイオの!」
碗のひとつを、アルムが差し出してきた。これも、側面に線で顔が描かれてる。
アルムは別な椀を掲げて見せてくれた。こっちも顔があって、椀の縁からは三角の耳が二つ立っていた。裏側には尻尾が。
「きれいに焼けるといいね」
そう言ったベイオは、ジュルムが寂しそうなのに気づいた。
「あのさ、アルム。ジュルムにも作ってくれる?」
すると、アルムはたくさん作った中から小さな壺をつまみ出して、プイッと横を向きながらジュルムに渡した。
「あ……ありがとう」
ぱぁーっと顔が明るくなり、しましま尻尾がピンと立った。何とも分かりやすい。
それに、良く見るとこの壺にも顔がかいてあって、真上を向いて大口を開けてるようだった。
……なら、この丸い出っ張りは虎耳? あ、反対側に尻尾も。
意外とアルムは、口でいうほどジュルムが嫌いでもないようだった。
* * *
翌日、朝からベイオはより大きなサイズの水車を作り始めた。
昨日のが「ままごと」サイズの玩具だとすると、今日のは小型でも実用的な動力となるもの。
そう。動力だ。
人力でも家畜の力でもない、川が干上がらない限り無限に使える動力。
電動工具はまだ無理でも、動力で動く工具なら、これで作れる。
今回、ベイオが作る水車は、直径一メートルで八枚の羽板を持つ、かなり大きなものだ。昨日の反省から、補強の板が何枚も組まれている。
それと平行して、アルム父とジョルムの「爺や」に頼んで、小川のほとりに小さな小屋を建ててもらった。二人なら半日で出来るような、三畳間ほどのサイズだ。
今は夏だから、雨が防げる屋根さえあればいい。壁は川に面する側だけ作ってもらった。ただ、この壁には、縦に細長い窓が開いている。ベイオの奇妙な注文に首を捻りながらも、アルム父は作ってくれた。
昼には水車の本体は完成した。次に作るのは、これで動かす仕掛けの方だ。大小の歯車、滑車、その他の仕掛け。
完成した小屋の中に、出来上がった仕掛けから設置していく。やり始めると夢中で、夕食の時間が過ぎたことすら気がつかなかったほど。
しまいには、いつまでも帰らい息子を探して、母親のエイジャが来る始末だった。
「ごめんなさい。夏は日が長いから、気がつかなかったよ」
まさに、寝食を忘れるとはこの事だ。
翌朝。今度はアルム父に、川の縁ギリギリに頑丈な足場を作ってもらった。そこから太い軸が小屋の細長い窓を通って、屋内の仕掛けに繋がっている。
いよいよ仕上げだ。水車をアルム父に抱えてもらい、小川のなかに二人で入る。
小川の水は冷たかったが、暑い中の作業のあとなら気持ちいい。
足場から突き出している軸に水車を取り付ける。アルム父が水車を支え、軸を固定する太い鉄釘をさしこみ、抜けないように革紐で縛る。
「やった!完成だ!」
しかし、水車は水面より上なので、まだ回転はしてない。
「ベイオ、できたの!?」
アルムが跳んできた。
少し離れた岸辺で水車ろくろで遊んでいたので、手が粘土だらけだ。まず、小川の水でてを洗わせる。
「うん。いよいよ、試運転だ!」
アルム父子を伴って水から上がり、ベイオは小屋のなかに入った。
……ここが、僕の工作室。
この国のみならず、世界すら変えてしまう品々が、やがてここから生み出される。
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