第17話 歯車
「昔の人ってすごかったんだな」
荷車の設計図の余白に、手製の鉛筆で簡単な図を描いてみて、ベイオはため息をついた。
適当な縮尺の、頭の中のイメージを書きなぐっただけの透視図。二つの車が縦向きと横向きに置かれていて、どちらも周辺から杭のようなものが突きだしている。両者の杭はかみ合っていて、片方の車を回せばもう片方も回る。
つまり、歯車だ。横方向の回転を、縦方向に変えるための。
「僕は知ってるからイメージできるけど、最初に思いついた人はどうやったんだろう……」
それこそが、天才なんだろう。誰もが思いつかなかったことを思いつく。誰も気が付かなかったことを見つけ出す……。
学校で学んだことを応用してるだけの自分とは、格が違いすぎる。
……こう言うのを、「チート」って言うんだろうな。
ゲーム好きな同級生が使っていた言葉だ。上手いことやって、楽して成果を得る。確か、そんな意味だ。
自分の持つ知識や技術なんて、まさしくそれだろう。この世界の人には、想像すら出来ないものを、自分は見て知って使っていたのだから。
……だからこそ、みんなの幸せのために使わなきゃ。
それ意外に、名も知らぬ先達に敬意を払う
「ベイオ! 終わっただよ!」
元気な声が、思索の時をぶち壊してくれた。
「ああ、アルム、ジュルム、お帰り。お疲れさま」
荷車の荷台からアルムが手を振り、車を引いているジュルムは相変わらず仏頂面だった。
……もっとも、お駄賃がわりの雑穀餅をあげると、すぐに機嫌も良くなるのだけれど。
先日、朝の水汲みで荷車をお披露目したところ、その日のうちからひっきりなしに「お姉さん」たちがベイオの家を訪れては訴えた。
荷車が欲しい、どうすれば作ってくれるのか、と。たちまち、小屋の前は人だかりができてしまった。
期待はしていたが、遥かに予想を上回る人気だった。
「えーと、あれはまだしばらく、お譲り出来ないんです」
申し訳なさそうなベイオ。
「「「「「「「「そんな!」」」」」」」」
異口同音に訴える「お姉さん」たち。ちょっと怖い。
……お母さんが仕事に出た後で良かった。
一生懸命、ベイオは説明した。荷車は車軸など動く部分があるから、メンテナンスや修理が必要な事。作るためには手間がかかるので、当分は数が揃わない事。
「だから、貸すことにしようと思うんです。人手も付けて」
ベイオが提案したのは、輸送業だ。水汲みをはじめとして、色々な荷物を運ぶ仕事。前世の日本で言うところの、宅配便だ。
まず、大小二種類の荷車を用意する。大きい方はアルムとジュルムが獣人パワーで引き、重い水瓶をいくつも運ぶ。毎朝、各家庭を回って空の水瓶を受け取り、井戸で水を入れて元の家に配る。
小さい方は、ベイオくらいの子供でも引けるので、薪とか作物などの荷物の運送を代行する。少ない量でも手軽に運べるのが売りだ。
この村が平坦な土地だったのも良かった。坂道だらけの場所なら、こうは上手くいかなかったはずだ。
代価は小口のベイオ券。十枚で手桶一つ、つまりベイオ二日券に当たる、小さな札だ。券は食品などとの交換で、食品は手伝ってくれるアルムやジュルム、村の子供たちに分け与えた。
すると、便利なだけあって利用者がどんどん増えていった。
小ベイオ券は雑穀餅ひとつと交換してるほどだから、気軽に使えるのだろう。
そのお陰で、この村では「物流」が増え始めているのだった。今までは運ぶ手間のために出回らなかった余剰の作物などが、物々交換されるようになった。
さらには、乗せて欲しいと言う人まで現れた。足を痛めた老人や、小さい子を連れた婦人、ちょっと荷物を抱えた人など。
こうなると、人の行き交いも増えてくる。何より、重い荷物を運ぶ、辛い思いをして移動するという重労働が消滅したのだ。
そればかりか、ついには特注まで飛び込んで来た。
「おう、ベイオ。聞いたぞ見たぞ、凄いじゃないか、この荷車!」
木こりのボムジンだ。
「切り出した材木を山から運ぶのに使えるくらい、でかくて頑丈なのを頼む!」
どうやら、建築中の代官屋敷の離れは、どんどん規模が大きくなり、今では母屋を凌ぐサイズになっているらしい。どうりで、いつまでも伐採が終らないわけだ。
とは言え、いくら力自慢のボムジンでも、担いで運べる本数は限られる。荷車で一度に運べれば楽だし、仕事も早く上がれる。
「そうなりゃ、早くから酒が飲めるしな!」
結局そこかい、とベイオは心の中で突っ込んだ。
冗談はさておき、非常に魅力的な点がある。代官屋敷のための仕事に使うなら、伐採税は免除されると言うのだ。つまり、ボムジンの荷車を作るために木を切っても税はかからない。
新規に伐採すれば端材や廃材もその分出る。
材料が沢山、手に入るわけだ。
そうして手に入った材料で、これからさらに作るものを考えていたわけなのだが……。
「ベイオ、これは何?」
設計図の隅に描いた図を、アルムが指さした。
「歯車だよ。この歯が互いにかみ合って、こう回るんだ」
両手の指を歯車の歯に見立てて、回して見せる。
「……何になるの?」
アルムの頭上に、ハテナマークの大群が押し寄せてる。
……五歳の幼児に、抽象的な説明は無理だな。
「じゃあ、小さいのを作ってみよう」
何より、実際に作って動かせば、色々わかって来る点もあるはずだ。まず、模型を作って、有用性や問題点を明らかにする。基本中の基本だ。
ベイオは立ち上がって、作業場にしているアルムの小屋へと向かった。
端切れの板をノコギリで十センチ四方の正方形に切り出し、角を落として正八角形に。さらに落として言って、大体円に近い多角形にする。転がすわけではないので、多少角ばっていても大丈夫。
同じサイズの多角形をもう一枚、アルムに作らせる。その間に、多角形の内側に円を罫書いて、円周を十二分割する。その一に太い錐で穴をあけていく。
三つほど開けた後、こちらはジュルムに続きをやらせる。最近は二人とも、一度やって見せれば上手に同じことができるくらい、器用になった。
アルムは最初から熱心だし、ジュルムも口ではなんだかんだ言いながらも、面白みを感じているようだ。
二人の作業を見守りながら、歯車の刃になる細棒を作ろう。そう思ったところで、ちょうど配送業からヨンギョンが戻って来た。早速、旋盤を回してもらう。
「今度は何を作るんだい?」
ヨンギョンも興味が出てきたらしい。
「出来上がるのを楽しみにしてて」
そう答えて、旋盤から丸棒を外す。
削りだした丸棒を同じ長さで二十四本に切り分ける。これで、歯は用意できた。
次に、二人が仕上げた円盤の片方の中心に、四角い穴をノミで開ける。もう片方は、アルムがやりたがったので任せた。
穴が開いたら、円周に沿って開けた穴に、歯車の歯となる細い丸棒を木槌で打ち込んで行く。
最後に、軸受の試作品の一つの車軸を四角い穴にはめ込む。
じきに、アルムに任せた方の四角い穴も空いた。教えられなくても、同じように細い丸棒を円周の穴に打ち込んでくれた。
「あ、ちょっと待って」
車軸を穴にはめ込む前に、片側の丸棒をノコギリで切り落とす。
「なんで切っちゃうの?」
「こっちは片側だけで支えるんだ。そうしないと、軸がぶつかっちゃうからね」
「……ふうん」
明らかにわかってない顔だけど。
とりあえず、歯車は完成だ。
「じゃ、アルム。こっちの軸受のところを持って」
軸が水平な方の歯車を持たせる。
「ジュルムはこっち。上と下から持って」
軸が垂直な方を持たせる。
「よし、歯をかみ合わせて。回すよ」
水平な軸を指でつまんで回す。軸受けの反対側にある歯車が回り、かみ合った歯が垂直な軸の歯車を回した。
「やった! 成功だ!」
ベイオは喜んだが、残りの三人は不満なようだ。
「確かに動きは面白いけど……これ、何になるんだ?」
ヨンギョンが三人を代表するかのように聞いてきた。
……やっぱり、具体的に見せないとダメか。
重要なのは、この歯車で何を回すか。そして、どうやって回すかだ。
上手く出来れば、それこそ革命的なのだが。
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