第10話 勝負

 ベイオは戸惑いつつも、しましま幼児に問う。

「えーと? アルムと結婚したいの? なんで勝負になるの?」


 五歳やそこらで結婚なんて……と思ったが、ここは異世界だし、獣人族の文化では珍しくないのかもしれない。

 だが、しかし。


「それって、僕じゃなくて、アルムのお父さんに話すべきじゃないかな?」

 アルムとは兄妹みたいにずっと一緒だったけど、血縁はないし。

 ちらりと目を向ける。

「おとうは今日、仕事で出かけてるだ」

 なるほど、そうか。


「いいから、しょうプしろ! 勝った方が、アルムをヨメにする!」

 ……どうやら、「ばびぶべぼ」が「パピプペポ」になるのは、唇の割れ目から息が漏れるためらしい。これが嫌だから、アルムの父さんは人の言葉を喋らないのか。

 ベイオがそんな呑気なことを考えてしまうのは、結婚という言葉に実感が湧かないせいだ。


「結婚のことはひとまず置いて、勝負って何をどうするの? 獣人が相手じゃ、力比べも走り比べもかなわないよ」

 殴り合いとかは願い下げだしね。

 そう心の中でつぶやく。


 しましま幼児は「ふん」と鼻を鳴らして答えた。

「弱いなら去れ。アルムは俺のヨメだ!」

 すると、アルムが吠えた。ガルル! と。


「ベイオはかしこいだよ! 読み書きできて、算術もとくいだ!」

 手にしたベイオの引換券を、黄門様の印籠みたいに掲げる。


「あ、でもそれ、上下が逆だよ」

 札を取り上げて、正しい方向で持たせなおしてやった。

「と、とにかく、強さは力だけじゃないだよ!」

 なかなか良いことを言ってくれる。


 アルムの勢いにちょっとひるんだしましま君だが、すぐに立ち直った。

「じゅ、獣人の誇るは体力だ! 弱い者にヨメはいらない!」

 仁王立ちは変わらず。幼いながらも、ぶれないのは認めよう。

 そう思うベイオだが、アルムは違った。

「なら、おらより強いだか?」


((え?))


 驚きの余り、全く同じ表情となる男子が二人。

 それをガン無視して、アルムは宣言した。

「おらをヨメにしたかったら、おらより強いところ、みせろ!」

 うわ。なんか凄い話になってる。


 ビシッ!と効果音付きで、アルムは裏山を指さした。

「あの山のてっぺんまで競争するだ! 蹴落としたりは、やってよし! 手加減しないだよ!」

 そう言うなり、アルムは走り出した。


 呆然と見送るしまじろ……いや、しましま君に、ベイオは声をかけた。

「追いかけなくて良いのか?」

「え、だってオマエは……」

「僕は戦力外だからね。まぁ……頑張れ」


 予想外の応援に目を白黒させながらも、しましま君はアルムを追って走り出した。


 二人とも速いな。元気だな。

 しましま君の姿が山の中に消えるまで見送って、ベイオは作業に戻った。


 結婚……そんなこと、考えたことも無かったな。


 工業高校は、事実上男子校だ。二年の時、新設された情報工学科に何人か女子が入学して、大騒ぎになったくらいだ。それも、学科が違いすぎて顔を見る機会もほとんどなかった。

 前世では、とんと女性に縁が無かった。結婚なんて、社会人になって何年もたってからだと思ってた。


 こっちでは事情が違うんだろうな。平均寿命、低そうだし。


 村には、お年よりはあまり見かけない。冬の食糧難が響くのだろう。ベイオの母もそうだし、井戸端の「お姉さんたち」も若い。多分、十代半ばで結婚するのだろう。男は十代後半あたりか。

 そうだとすると、あと十年。


 十年後か……アルムは美人になるだろうな。


 物心ついてからずっと一緒だったから、兄妹みたいなものだった。それでも、前世の記憶がよみがえると、色々と違って見えて来た。


 ベイオや母をはじめ、この国の人はアジア系の顔だ。平面的とも言える。これに対して、獣人たちは獣の特徴を持つものの、西欧風の彫の深い顔だ。

 アルム父もそうだが、しましま君も成人すれば相当なイケメンになるだろう。口元が犬猫だけど、そこは愛嬌ってことで。

 アルム自身は人間とのハーフだから唇も人と同じ。前世なら子役としてドラマや映画で活躍しそうなほどだ。

 だが、そうした顔立ちは、この国では獣顔と呼ばれて忌避されるものらしい。

 水汲みの「お姉さんたち」が陰口をささやき合うのを耳にしたところでは。


 ベイオは密かに、母とアルム父が結婚しないかな、と期待していた。別々の小屋で暮らすより、その方が便利だし。アルムと常に一緒にいられるし。

 しかし、そんな雰囲気は皆無だった。アルム父はベイオの母に相当な恩義を感じているらしい。そしてこの国では、恩のある相手には絶対服従となってしまうようだ。

 ベイオの母は、そうした恩義を重く感じるらしく、アルム父に何かを頼むことは滅多にない。食料や衣類などを気にかけてはいるが、見返りは求めていない。


 難しい物だな、男女の中ってのは。


 そう思うと、しましま君のスッキリきっぱりした態度は、むしろ清々すがすがしい位だ。


 そんなことを考えながら小槌を振るっていると、いい感じに目立てができた。適当な木片を引いてみると、スムーズに引ける。

 ただ、刃の方もなまっているようだ。工具箱から小さなヤスリをとりだして、一本一本、研いでいく。


 地道で根気のいる作業だったが、仕上がりは満足いくものだった。木材の小さな端切れに、研ぎ終わった鋸を当て、ズッと引いてみる。たったひと引きで、端切れは真っ二つになった。


 外の空を見上げると、もうかなり日が傾いていた。そろそろ母も帰って来るから、今日はここまで。

 道具を片付けて木くずなどをほうきで掃いていると、アルムとしましま君が返って来た。


「お帰り」

「ただいまだ、ベイオ」

「……」


 二人ともへとへとだが、アルムの方がまだ余裕があるようだ。

 それに対して、しましま君の方は、かなり落ち込んでる。自慢の尻尾が、力なく垂れさがってるし。


「その様子じゃ、聞くまでもなさそうだな」

「うん! おら、勝っただ!」


 にぱーっと笑うアルム。尻尾がパタパタ降られた。

 にしても、しましま君がちょっと可哀想だ。フラれただけでなく、コテンパンにされたわけだから。


「えっと、君の名前は?」

「……教えない」

 嫌われたもんだな。

「名前が分からないと不便だよ」

 すると、目を上げてベイオを睨みながら、獣人語で何か短くつぶやいた。例によって聞き取れないので、アルムが頼り。

 不満なのか、ちょっと口を尖らせながら、アルムは通訳してくれた。

「名前の意味は『金のしまもよう』だって」


 獣人も名前に意味を持たせるのか。そう言うところは同じだな。

 ベイオとは「学ぶ」という意味だ。日本語風に考えれば、「学くん」ということになる。


「じゃあ、君のことはジュルムしまもようと呼ぶよ。」

「……好きにしろ」

 ふてくされた感じの、じましまのジュルム。


「それでさ、ジュルム。まずは友達から始めたらどうだろう?」

「「友達?」」

 二人がハモッた。


「今日は午後ずっと、二人で遊んでたんだから、もう友達だよね」

「え……あ、あれは勝負で……」

「うん、楽しかっただ」

 率直なアルムの返事に、目を丸くするジュルム。


「逃げたら追い付けないジュルムが面白かっただ。蹴り飛ばすと吹っ飛んでくジュルムが面白かっただ。木に登ったら降りられなくなったジュルムが……」

 にこやかなアルムが黒い。つか、最後は猫系統としてダメだろ。

「うん、もうやめてあげて。ジュルムのライフはとっくにゼロだよ」

 そのジュルムの方は、顔が真っ赤だ。うつむいて震えてる。


 ベイオは尋ねた。

「ジュルムはどこに住んでるの? それとも、旅の途中?」

「なんでそんなこと聞く?」

 つっけんどんな返事。

 めげずにベイオは続けた。


「アルムは大事な友達だ。そのアルムの友達なら、僕にとっても友達だよ」

 うつむいたまま、ジュルムは黙っていた。

「友達だから、知っておきたいんだ。家とか、家族とか」

 しばらく黙ってたが、ジュルムはぼそぼそと話し始めた。


「じいやと一緒にずっと旅をしてた。オレと同じくらいの歳の、獣人の娘を探して。見つかったから、この村のはずれに住むつもりだったけど……」

 それを聞いて、ベイオは微笑んだ。

「そうか、良かったね。じゃ、アルムの家の隣が空いてるよ」

 ジュルムは顔を上げた。金色の目が驚きに見開かれている。


「だって……俺はアルムに負けて……」

「一年後に、再度挑戦すれば良いよ」

 こともなげにベイオは言った。

「僕らは子供だから、これからどんどん大きくなる。今出来ない事も、来年は出来るようになるよ」

 呆然として、ジュルムは立ち尽くしてた。

「だからこれから一年、一緒に遊んだり、働いたり勉強したりしよう。友達なんだもの」

 ジュルムの金色の目が光ったのは、夕日を浴びただけではなさそうだ。


 次の日の夜、ジュルムが「爺や」を連れてベイオの家を訪れた。山で捕ったというイノシシを手土産に。

 爺やというから、もっと高齢の老人を想像していたベイオだが、アルム父よりいくらか年上という感じだった。筋骨隆々なのも同じで、耳と尻尾が虎なだけだ。

 その夜は、三家族で宴となった。そして、翌日からアルムの家の隣にジュルムたちの小屋を建てる作業が始まった。


 ベイオの作業も、工具が揃ったおかげではかどった。アルム父に、木を巻き付けるための芯となる少し長めの円筒を作ってもらったので、手桶の量産ができるようになったのだ。相変わらず製作には二日かかったが、その二日でたくさん作れる。

 アルムの他にジュルムも手伝ってくれるのも、作業を加速してくれた。

 結果として、ベイオ券が何十枚も毎日やり取りされるようになった。食料や布が代わりに手に入ったが、ほとんどは手伝ってくれた人たちに回した。


 そこで、桶の次はこれ、と決めていた物を手掛けようとした時。


 ベイオの家に、代官からの使いがやって来て、告げたのだ。


「ベイオに命ずる。一カ月以内に、伐採税として銅銭二千枚を納めよ」

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