第4話 工作その1

 翌朝。


「ベイオ、何してるだ?」


 母親が仕事に出た後、昨日手に入れた木材の端切れを手にして考え込んでいると、遊びに来たアルムが覗きこんで来た。


「これから作るもののことを、考えてたの」


 ミズナラの板材が手に入って、まず作ろうと思ったもの。それは、手桶だった。

 母親が水汲みに使っていた物は、まるで米を計る桝をそのまま大きくしたような、分厚い木の板を組み合わせた四角い容器。それに、持ち手を付けただけの代物。容器それ自体が重すぎて、同じ量の水を汲むのに余分に何往復も必要なほどだ。


「手伝ってくれる?」

「うん。ええだよ!」


 まずは二メートル強の板材の一枚を、さらに半分に折ってもらう。こっちの方は、底板や取っ手の支柱などに使うので、薄くとがった両脇を切り取らないといけない。

 しかし、この家にある刃物は、母親が調理に使う包丁と、籠編みで使っている小刀しかない。


 ……包丁は流石に使えないから、小刀しかないな。


 板材の湾曲した外側、樹皮と木質の間に小刀を指しこみ、樹皮を剥いでいく。そして、平らな反対側に小刀でまっすぐな切れ目を入れる。その部分を下にして床に置き、アルムが足で押さえてパキンと折る。獣人の筋力は素晴らしい。たちまち、板材は四枚に折り分けられた。


 次に、木綿糸と墨を用意する。かまどから掻き取った煤に水を混ぜてペースト状に練り、さらに水を足して墨汁とする。アルムがやりたそうにしてるが、手が真っ黒になるので禁止。

 丁寧に手を洗ってから、木綿糸を墨汁に浸して、板材の縁の上にピンと張る。


「アルム、糸をつまんで引っ張り上げて……よし、放して!」

 パチン!

 糸が板材を打ち、縁のところにまっすぐな線が引かれた。


「面白い! もっとやる!」

 大喜びのアルム。 たちまち、四枚の板材には切り取るための線が引かれた。


 次は、この線に沿って板を縦に割る。


「アルム、板の上とこっち側をしっかり持って」


 板の上部はへし折っただけだから、かなりささくれ立っている。それでも気にせず、アルムはしっかりと握ってくれた。魔力による身体強化は、皮膚も頑丈にしてくれるので安心だ。


 ベイオは、線よりやや外側に小刀を当て、木槌で上から丁寧に叩く。次第に刃が食いこんで行き、やがて下までパキリと割れた。反対側も同じように割り取る。

 四枚全て割終ると、最後の一枚は真ん中から左右二つに縦割りした。これが取手の支柱となる。

 そして、断面が平らになるよう、小刀で丁寧に削る。これで板材としては完成だ。


「よし。じゃあ、裏山に行こう」


 ベイオの言葉に、アルムはニパッと笑った。


「行こう行こう! ウサギ美味しいだ! 捕まえるだ!」


 昨日、木材を担いで降りてくるときに、野ウサギを見かけたらしい。


「それは、また今度ね。必要なのは松脂だから」


 アルムの手を取って歩き出す。軟らかいその手は傷ひとつない。

 良かった。


********


「アルム、それはまだにじみ出たばかりだから。こっちのみたいに、乾いて蝋みたいに白くなったのを集めて」


 裏山は赤松だらけだから、松脂も取り放題だった。

 今後のためも考えて、少し多めに取っておくことにした。


 木片を削って作ったヘラを使って、良い具合に水分の抜けた松脂をこそげ取り、素焼きの壺に集めていく。アルムも手伝ってくれたので、小一時間もするとかなりの量が手に入った。

 山を下りる時、アルムに訊ねた。


「そう言えば、君のお父さん、明日は出かけちゃうかな?」

「ん? 明日は一日、焼き物してるだよ」


 アルムの父親は、普段は獣人の体力を活かして農作業などでの力仕事を請け負っている。ただ、斧などの武器になるものに触れることは、代官が許さないので、木こりはできないらしい。

 半島の南端にあたるこの村では、獣人差別はほとんどない。しかし、王都のある北部はかなりきついらしく、代官は王都から送られてくる。そのためだろう。


 その一方で、アルム父は結構手先も器用なので、素焼きの器なども作っている。家の裏手には、小さいがちゃんとした窯も自分で築いているくらいだ。

 今日、松脂を集めるのに使った壺も、ちょっと歪になって捨ててあった失敗作を失敬している。


「じゃあ明日、ちょっと手伝ってもらおうかな」


 子供だけで大きな火を使うと、お母さんに心配をかけてしまうし。


 母親のためにやってる手桶の製作なのだから、当然だ。

 その一方で、小さな火なら心配はしないだろう。家の竈で、ちょっと壺の中身を融かすくらいならば。


 家に戻ると、まずは竈から消し墨の欠片を取り出す。これを、拾ってきた陶器の大きめの欠片の上で細かく潰し、壺の中の松脂と混ぜて練り込んで行く。


「やらせて! やらせて!」


 両手を真っ黒にして無心にこねるアルム。


「それ、服に付くと落ちないから気を付けてね」

「うん!」


 元気に返事をして、アルムは鼻の下をこすった。


 あーあ、見事な黒髭だ。

 赤毛なのに黒髭とは。


 その間に、ベイオはちょっとした治具を作る。ちなみに、治具とは加工の際に材料を固定し、工具の刃が期待通りに当たるようにするガイドの役目もする道具だ。


「もういいよ、アルム」


 真っ黒でネバネバした物体が、壺の中に半分ほど出来ていた。

 さっきのヘラで、アルムの手からネバネバをこそぎ落とし、壺の中に戻してやる。くすぐったくてキャッキャと身をよじる彼女を押さえきれず、何度か吹っ飛ばされそうになりながらもベイオは頑張った。

 おかげで二人とも、服に黒い汚れがあちこちに付いてしまった。


 こりゃ、怒られるな……。


 喜んでもらうためなのに、どうも逆方向に行きそうだった。


 松脂の仕上げに、この壺を竈で熱して融かす。端材から作った細い木の棒で良くかき混ぜ、程よく解けたら火を止める。少し冷ましてから、粘りがあるうちに木の棒で絡め取って行き、切りそろえた板材の縁に塗り付け、継ぎ合わせていく。三枚を継ぎ合わせることで、三十センチ四方の正方形の板ができた。

 俎板の代わりに使っている平らな石の上に、食器代わりに使っている竹の葉を敷き、その上にこの継ぎ合わせた板を載せる。その上から、切り落とした端切れを継ぎ目と直角になるよう、たっぷりの松脂で接着し、補強する。

 そして、ちょっと家の物入れから借りた二枚の銅銭を、その中央に張り付ける。

 この銅銭、一枚はただの硬貨だが、もう一枚は五円玉のように穴が開いている。穴あきの方が新しいのだが、価格は一緒だ。多分、使う銅をケチりたかっただけだろう。

 とりあえず、これで軸受は出来た。


 松脂が固まるまでの間に、二人の両手に付いた方の松脂を落とす。幸い、手をこすり合わせるだけで簡単に落ちた。問題はアルムの口髭。竈から松脂の壺を降ろして、かわりに少しお湯を沸かし、それで絞った布巾で拭いてやったら、何とか落ちた。

 でも、布巾は真っ黒になった。ゆすいだくらいでは落ちない。


 ますます、叱られそうだ……

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