第47話 新型
「何て言うか……もったいないね」
目の前の金属の塊を見て、ベイオはつぶやいた。
火災にあった宝物庫の焼け跡から、融けてくっついた金属の塊が、ゴロゴロと出てきたのだ。元は銅銭や美術品だったらしい。
銅銭の方は一緒にまとめられてたらしく、そのまま全部、ファラン銅貨に回す。
美術品の方は金銀が融け合ってしまっているようだ。これも、酸で溶かすなどすれば分離はできるはず。
高額貨幣も必要なので、金貨や銀貨にすればいい。
ファランの肖像を彫った銅貨は、ファラン銅貨と呼ばれて流通し始めた。なので、銅はいくらあっても足りない。
「しかし、支払いに使ったり、かなりの数を古い銅銭と交換したのに、巷で使われてるところを見ないぞ?」
ゾエンが疑問を投げ掛けてきた。
「きれいな硬貨だから、みんなもったいなくて仕舞い込んでるんでしょう」
ベイオは気にしていない。
そもそも、「悪貨は良貨を駆逐する」と言われるように、価値の高い新しい硬貨は普及しにくいのだ。
「今はまだ、古い硬貨も使えますからね。でないと、占領区以外と取引できないし」
古い硬貨を全て回収して交換するのは、麗国の全土が占領されてからだ。
「でも、自分の国が占領されるのを心待ちにするなんて、本当に反乱者になっちゃったんだな」
危険思想そのものである。
「なに、気にするな。俺たちに仕掛けてきたのは
その点、ゾエンはすっかり開き直っている。
そのファラン硬貨だが、ひとつ問題があった。手彫りの鋳型一つだけでは、一度に沢山鋳造できないのだ。これでは、全国で流通させる量を作るには時間がかかりすぎる。
鋳造の速度を上げるには、鋳型に同じ彫刻をする必要がある。しかし、手で彫っていたのでは追いつかないし、ばらつきも出てしまう。
そこで、ベイオは自動フライス盤を設計した。
フライス盤とは、回転軸に刃を付けて素材を削る機械だ。ボール盤が穴を開けるのに対して、回転刃が縦横に動くことで、溝などを彫り込むことができる。
自動と言うのは、特定のパターンが繰り返し彫れるように工夫されている点だ。
木材でモックアップを作ってみたが、硬貨見たいに小さいものは無理だった。精度を上げるには金属製にするしかない。
そして金属加工なら、イロンの
「イロンさん、早く来ないかなぁ」
新型の車が完成したら、持ってきてくれる約束だ。ほとんど、恋人を待つような気分で、ベイオは日々を過ごしていた。
アルムが拗ねるくらいに。
そして数日後、遂にイロンが新型の車を完成させ、都にやってきた。
「イロンさん! 会いたかった!」
ベイオは飛び付いて首ったまに抱きついた。
「おいおい、何だよ。随分な歓待だな」
熱愛発覚である。
「だめー! ベイオはアルムのー!」
背中から手を回し、ベイオを引き剥がそうとする。
ついには父親が来て、憐れアルムは強制拉致お説教となってしまった。
新型の車は、馬車だ。高速化を狙っている。
ベアリング軸受にしたおかげで、平地ならかなり飛ばしても馬への負担が少ない。そして、バネのサスペンションを採用したので、乗り心地も一気に向上している。
車輪も、曲げ木に松脂を厚く塗ってあり、悪路対策が強化されてる。
おかげで、ディーボンへの人気も上々だ。
ただし、ベアリングとバネの製法は秘密だ。高級車扱いで、できるだけ効率よくディーボンから金を巻きあ……いや、お買い上げいただくのが狙いなのだから。
「ああ、バネって良いなあ。ラセンの極みだよね。ネジにドリルにバネ……」
恍惚として馬車の仕上がりに見入ってたベイオだが、はたと思い出した。
「こっちこっち! 見てもらいたいものがあるんだ」
ベイオはイロンの手を引いて、ゾエンの屋敷内に用意した作業部屋に向かった。そして、扉を後ろ手に閉めて鍵をかけた。
「な……何を一体」
「うふふふふ」
一瞬、弟子をベッドに連れ込んでた昔の師匠を思い浮かべ、冷や汗をかくイロン。
「ジャーン! これ見てこれ!」
作業台の上の布を剥ぎ取ると、木材でできたかなり複雑な装置が現れた。自動フライス盤のモックアップだ。
「これ……動かせるか?」
ひと目見て、イロンも心を奪われてしまった。
「もちろん」
回転刃と材料をセットして、ベイオはハンドルを回した。室内なので人力だが、回すだけですむのがポイントだ。
この装置は硬貨の鋳型を削り出すために特化してるので、材料は中央の回転台に固定され、ゆっくりと回る。
これとは別に、細長く薄い経木のような板がシュルシュルと装置にのみ込まれ、反対側から出てくる。この薄板は山車で使った「操り車」の改良版で、材料を削るべき深さを記録している。薄板の上部が波打つように削られているのがそれだ。
この高さに合わせて回転刃が上下し、回転台の上の木の板を削っていく。直径三十センチほどの円盤に、やがてファランの顔が削り出されていった。
しかし、木材ではこれ以上の小型化は無理だった。そこでイロンの出番なのだが。
ほう、と息をついたイロン。どうやら、息をするのも忘れていたらしい。
「……なあ、ベイオ」
「うん」
「お前、自分が何を作り上げたかわかってるか?」
「うん……」
「こりゃ、世の中の職人の半数は仕事をなくすぞ」
果たして、見本を見ながらでも、ここまで忠実に複製できる職人は、どれだけいることか。
しかし、ベイオは微笑んで答えた。
「違うよ。その人たちはもう、決まりきったつまらないモノを作るんじゃなくて、もっと素晴らしい、ワクワクするようなものを作るんだよ」
そして、イロンの手をつかんで熱っぽく語った。
「そして、僕やイロンさんと一緒に、新しい世界を作るんだ!」
「新しい……世界?」
「そうだよ! 誰でもきちんと働けば、欲しいものが手にはいる世界!」
そこで一旦、言葉を切り、息を整えて続けた。
「貧困なんて、どこにもない世界だよ!」
教祖ベイオの誕生である。第一使徒はイロン。ハレルヤ、工業化を讃えよ。
* * *
外に出ると、庭の隅でアルムがベソベソ泣いていた。
「どうしたの、アルム?」
ベイオが声をかけると、アルムは飛びついてきた。
「うわーん、ベイオ嫌いにならないでー!」
どうやら、ベイオがイロンと仕事の話をしてるのを邪魔したから、父親に酷く叱られたらしい。
「大丈夫だよ、アルムを嫌いになんてならないから」
「ほんとに?」
「本当さ。これから、ネジネジ小屋を見に行くんだ。一緒に来る?」
「うん!」
アルムはすっかり元気になった。
イロンと三人でゾエンの屋敷を出て、都の北を流れる大きな河のほとりに向かった。
ネジネジ小屋とは、そこに建設中の水車小屋だ。なぜネジなのかと言うと、揚水ポンプが新型のネジ式に変わったからだ。
「うわあ、ネジネジが回ってる!」
アルムは大はしゃぎだ。
水車のそばから極太の雨樋が斜め上に突きだし、その中で巨大なネジが回転している。ネジの畝に掻き上げられて、川の水がどんどん雨樋の中を遡り、数メートルの高さからザバザバと流れ落ちていた。
アルキメデスが発明したと言うスクリュー・ポンプだ。
「今はまだ、水をくみ上げては川に戻しているだけだけど、ろ過すれば飲み水にも使えるよ。そうなったら、都のあちこちに飲み水を流せる」
つまり、上水道だ。
「こりゃまたすげえな。そうなったら、水汲みなんて仕事すらなくなっちまう」
イロンは黒い顎鬚をガシガシしごきながらつぶやいた。
「本当は、その前に下水道を何とかしたいんだけどね」
綺麗好きな元日本人としては、室内のオマルで用を足すのが辛い。
しかし、それこそ大規模な公共事業だ。ファラン硬貨をザクザク鋳造しないと間に合わない。
「このネジ式揚水機、今、村で作ってるのにも使うのかい?」
イロンの問いかけに、ベイオは腕組みして考えた。
「そこなんだよね。揚水機の建設まで始まってるところは、そのままの方がいいと思うんだ。夏の渇水に間に合わせるのが一番だから。そこまで進んでなければ、切り替えていけるね」
その時、揚水機の下の小屋から犬耳の青年が出て来た。
「いよう! ベイオ。見事完成だな。ん? その人がイロンさん?」
「ラキアさん、お疲れさま。イロンさん、こちらはディーボンの職人で――」
「ゾヌミガ・ラキアだ。よろしく」
「おう。イロンだ。こっちこそ、よろしくな」
初対面の二人はガッチリ腕を組んだ。
……筋骨たくましい人って、やたらそれを見せまくるよな。
ベイオの脳裏に「肉体言語」という言葉が明滅したが、どういう意味なのか思い出せない。
国内の水車小屋は、夏までにベイオの村をはじめ全国で十カ所以上作られる。灌漑用水路も含めて。
ラキアはディーボンから連れて来た職人たちに一通り教えた後、都に来てこの「ネジネジ小屋」の建設を手伝ってくれたのだ。
「しかし、このネジ式はすげえな。こんな単純な仕掛けで、どんどん水が上がって行く」
ラキアが仕掛けを見上げながら言った。
「あの螺旋状の板をどう作るのか、なかなか思いつかなかったんだ」
ベイオは小屋の中に置いてあった模型を取り上げた。小屋を作る際に、立体的な設計図のつもりで置いたのだった。
「結局、桶を作る手法が活かせて良かったよ。小さいのは手桶と同じで、ぐるり一周分を一枚板で作って、曲げて繋いでいく。大きいのは樽と同じで、細い板を螺旋状に貼り合わせていくんだ」
模型のネジ式揚水機は板を曲げる方で作ってあったが、説明のために線が引かれていた。螺旋階段が斜めに倒れたように見える。
それから三人で、技術的な話に華を咲かせた。
叱られたのが堪えたのか、アルムは大人しくしていてくれた。小屋の模型が気に入ったらしい。
やがて、自動フライス盤による鋳型の複製が成功し、硬貨の大量生産が可能になった。
ようやく、貨幣経済が浸透する気配が見られる。
そして、ベイオの技術学校は、九月に開校予定だ。
麗国の都は、雨季を迎える。
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