やるべきことは革命?
第15話 軸受
……そもそも、車が無いんだよな、この村。
物を運ぶのは、人が担いだり背負ったりするしかない。穀物の袋だろうと水だろうと。
今日は市が立ったので、ベイオは母と一緒に広場にやって来た。広場と言っても、村と街道の間の空き地だが。そこここにむしろが敷かれて、陶器の器のような道具類、魚の干物のような食材などが置かれていた。
代官が不在なのが伝わったのか、普段は表立って扱わない酒類も見られた。
何度も見慣れた光景だが、あらためて眺めてみると、面白かった。
向こうに、陶器の瓶を売り歩く行商人がいた。着いたばかりなのだろう、まだ荷をほどいてない。大きくて重い瓶をいくつも重ね合わせて、紐で縛って背中に担いでいた。その上端は、自身の背丈の倍くらいの高さになる。
よくバランスを取れるものだ、とベイオは感心した。
物々交換では、ベイオの手桶は大人気だった。おかげで、真新しい薄手のノコギリとカンナなど、欲しかった工具が手に入った。母の方も新品の布が手に入ったので喜んでいた。
面白いのは、ベイオ以外にも手桶を交換品にしている村人がちらほら見られた点だ。どうやら、他の村にも普及しだしているらしい。
しかし、輸送手段は人が背負うだけ。言い換えると、背負えないような大きく重い物は、この国では作られないし流通しない。
車が無いからだ。
市で手に入れたものを大事に抱えながら、ベイオは母親と並んで家へと向かった。
……それでも、専門の職人がいないだけで、ここまで差が付くとは。
日本では、平安時代から牛車があった。もちろん、この世界の年代は不明だが、ベイオは十五世紀以降とみている。そう考えると、技術レベルで四百年は差があることになる。
舗装されていない道路事情は同じだが、直径一メートルを超える大きな車輪を作れたので、実用化できたのだろう。小さな凹凸は難なく乗り越えられるように。
そんなサイズで作れたのは、何枚もの板材を円弧状に正確に切り出して、それらを繋ぐ技術があったからだ。
多種多様な樹木の育つ豊かな植生と、その特性を見抜いて活用する匠の技。そのどちらも、この村にはない。おそらく、国のどこにもないのだろう。
……だから、「無ければ作れ」だ。
毎朝の水汲み。一人で一度に運べる量は限られてるから、ベイオも母も井戸と家を何往復もしないといけない。軽い手桶のおかげで楽にはなったが、そもそも水瓶を車に乗せれて運べば、一度で済む。
何でもそうだ。
ちなみに、ベイオが十五世紀以降と考える根拠は、今日手に入った
前世でも使っていた、箱型の木の台に斜めに刃が刺さっている、
それ以前に使われていたのは
市では、この槍鉋も見かけた。ということは、まだ入って来てそう長くは経っていないはずだ。
家に帰って荷物を整理すると、裏手のアルムの家に行く。最近はそこの軒下が作業場所になっていた。
「ベイオ、欲しい物、手に入っただか?」
アルムが出迎えてくれた。
ジョルムの姿が見えないところを見ると、「爺や」に何か仕事を与えられたのかもしれない。最近は、狩りのやり方などを教わってるみたいだ。
かわりに、小屋から出てきたのはヨンギョンだった。
「今日は何を作るんだい?」
笑顔も見せるようになってくれた。
案の定、彼は親戚の家から追い出されてしまい、アムル父の小屋で暮らすようになった。小屋とはいっても、焼く前の陶器を乾かす場所が空いているので、筵を敷けば狭いながらも何とか寝起きは出来る。
「まず、これの切れ味を試してみたいんだ」
市で手に入れた薄手のノコギリを掲げる。細かい細工に向いている、と思った次第だ。
乾かしていた端材の一つを取り上げる。端材にはあらかじめ線が引いてあり、鉛筆で「軸受128」と、漢字と算用数字が書かれていた。
線の通りにノコギリで切れ込みを入れてみる。思った通り、狭い幅の切り込みが入って行く。三センチほど切り込んだ後、一センチほど開けたとなりの線に沿ってもう一本、切り込みを入れる。
ノミと木槌に持ち替えて、二本の切り込みの間を切り落とす。角ばったU字型のパーツができた。
同じものをもう一つ作り、今度は旋盤に向き合う。
十五センチくらいの角材をセットする。両端が五センチほど、断面が大体八角形になるように削ってあった。四角い中央部には「軸材128」と書かれている。
その角材に対して平行にスライドする、角度を付けた刃をあてがうと、ベイオはヨンギュンに頼んだ。
「回して!」
ヨンギュンはうなずくと、旋盤の横に着いたハンドルを回し始めた。その回転は滑車によって角材の回転軸に伝わり、角張った部分がベイオの当てる刃で削り取られる。刃を平行にスライドしていくと、綺麗な丸棒が出来上がった。
そこで、一旦角材を外し、今度は反対側を丸棒に削って行く。
旋盤は、この一カ月、ベイオが何度も作り直した工作機械だ。必要な精度を出すため、苦労の連続だった。
その甲斐あって、今ではピッタリな直径で歪みのない軸材が簡単に作れるようになった。
これには、ヨンギョンの貢献もある。
いくら力の強い獣人でも、幼いアムルやジュルムには難しいことは分らない。旋盤のハンドルを回すだけでも、力の加減を細かく指示しないといけない。アルム父なら理解は出来るだろうけど、会話が一方通行だ。
その点、ヨンギョンは飲み込みが早かった。筋力が弱いのは滑車の組み合わせで解決できる。その代り、回す手ごたえなどをベイオに教えてくれるので、刃の当て方をリアルタイムに調節できるのだ。
一方、アルムは手伝うのも大好きだが、作業を見ているのも楽しかった。
特に、ベイオの手元から細かい切りくずが糸のように渦を巻きながら出てくるのが面白かった。それに、出来上がった丸棒はすべすべしていて、手で触れても気持ちいい。
「アルム、それをここにはめて」
四角い穴の開いた滑車に、軸材の中央の削り残した部分をはめると、丸く削った両端をU字型に加工した板の溝に通した。そのまま、一式を試験台にセットする。
そして、円盤状の素焼きの重りを抱え上げ、その中心に開いた穴に、外に飛び出した丸棒を差し込む。反対側はアルムがやってくれた。
「ヨンギョン、お願い」
今度は、試験台に着けたハンドルを回してもらう。滑車が回り、U字型の軸受をまたいだ軸材が回り、素焼きの重りが回る。
「お、前よりも軽いぜ、回すのが」
ヨンギョンの声が明るい。一旦、重りが回り出してしまえば、後は軸受の摩擦だけだ。
軸材と軸受けの強度を上げ、摩擦を減らす。ずっと取り組んできたのはこの二つ。豚油の染みこませ方も、加工方法も確立できた。
「もういいよ、止めて」
ヨンギョンにそう言うと、彼はハンドルから手を放した。それでも重りの勢いがあるので、一分近く回り続けてから止まった。
軸材と軸受けを外して、こすれた部分を見る。両方とも滑らかで、金属を思わせるほど艶やかに光っていた。染みこませた油がにじみ出てきた証拠だ。
百二十八回。それだけ試作を繰り返して、ようやく納得できる軸材と軸受けの試作ペアが完成した。
「いよいよ、あれで試せるね」
ベイオは庭の隅に目を向ける。雨に濡れないようゴザをかけておかれた、組み立て途中の作品。
車軸と軸受けの完成を待っていた、二輪の荷車だ。
車輪こそ直径一メートルと大きいが、荷台は縦横一メートルと小さい。ベイオの家の水瓶を載せるのが第一の目的だから、このサイズで充分だった。
「荷車があれば、一度にたくさんのものが運べる。落としたりする心配もないから、アルムのお父さんの焼き物を運ぶのも楽になるよ」
そして、焼き物に必要な大量の薪や粘土なども。
収穫した作物を運ぶのも楽になるし、なにより毎朝の水汲だ。
アルムもヨンギョンも喜んでる。
母もアルム父も、村のみんなもきっと喜ぶだろう。
木製の荷車と言えば、時代劇などでも見かける大八車がある。しかし、これにはいくつか使いにくい点があった。
まず、左右の車輪を一本の車軸でつないでいるのが問題だ。このため、車の向きを大きく変えようとすると、外側の回転が遅れてしまうので、車輪が地面を抉ることになる。これでは、細くて曲がりくねった村の路地を進めない。
また、車軸の上に荷台を載せるため、車輪が大きくなるほど重心が上がってしまう。そのため、転倒の危険性が高まる。
そして何より、高い荷台に物を積み下ろしするのは大変な力仕事になってしまう。
アルム父のような力自慢なら問題ないだろうが、それでは意味がない。女子供のような非力な者でも、難なく重い荷物が運べるというのが、ベイオが作りたかった荷車だ。
……むしろ、リヤカーなんだよね。
自動車工学の坂本先生の蘊蓄を思い出す。昭和の初めごろにサイドカーが輸入されたのがきっかけだと。人が乗る座席の床より高い位置に、片方だけ車軸が付けられていた。これを反対側にもつけて、オートバイの
後に、人が手で引いたり自転車で引いたりするようになったが、左右の車軸が別々なので、その場でグルグル旋回することもできたし、荷台が低いから色々な用途にも使われた。
ラーメンなどの屋台がそうだという。
……ラーメン、食べたいな。
故郷の味を思い出したせいか、お腹が減って来た。
もう夕暮れが近い。ヨンギョンとアルムに手伝ってもらって作業場を方付け、家に戻る。
明日は、新しい車軸と軸受けを作って荷車を組み立てよう。みんなきっと、びっくりするぞ。
自然と顔がニヤケてしまうベイオだったが。
びっくりどころでは済まないことを、彼はまだ知らない。
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