第56話 宴

 夕刻になり、宴は庭から広間へと移った。そこでゾエンは、ベイオとファランの婚約を皆に告げた。

 俄然、宴は盛り上がり、二人は主賓席に座らせられた。他の床より一段高くなっている場所だ。


 ……これじゃまるで、お雛様だな。


 とは言え、今日はあくまでも身内でのお祝いなので、みんな普段着のままだ。

 例外はファランの両親で、思いっきりめかし込んでいて、浮きまくってる。貴族同士ならそれが普通なのだろう。


 その両親がさっきからチラチラと見てるのは、ベイオの隣、ファランと反対側に座ってるアルムだ。宴が始まると、当たり前のようにやって来た。

 ケモミミをピクピクさせながら、料理を美味しそうに食べてる姿が微笑ましい。しかし、両親の方は多分そうではない。

 ファランと同じ扱いなのが気になるのだろう。ゾエンは「良く言い聞かせておく」と約束してくれたが、人の意識は早々変わらない。問題を起こさなければ良いのだが。


 ゾエンが言うには、前の王朝と親族になった方が、官僚が反抗的になりにくいのだと言う。そんなものかと思う反面、どんなものかとも思う。


「いよう、ベイオ。なに難しい顔してんだい」

 酔っ払いが絡んできた。昼からゴンゴン飲みまくっているイロンだ。

「目出度い宴だ。まー、ぐっといけや」

「ダメだよ、子供にお酒すすめちゃ」

 アルムが好奇心から手を出しそうで、目が離せない。


「いやー、一編に二人も嫁さんもらうとは、豪気だねぇ」

 アルムの方は結婚という形では話しはしていないが、見ればわかるだろう。


「イロンさん、結婚は?」

「うん、まあ……昔な」

 杯を下に置き、腕組みをして天井を見上げる。

「もう何年だろうな。あいつが死んでから」

「……ご病気で?」

 辛いことを思い出させたのかと気になったが、イロンはニカッと笑って答えた。

「大往生さ。七十まで生きて、孫に囲まれて旅立ったんだからな」

「へえ……」

 この世界では相当長生きだ。


「俺が何歳なのか気になるか?」

「……うん」

「忘れた」

 ガハハと笑い、杯を飲み干すとお代わりを貰いに行ってしまった。


「面白い人よね、イロンさん」

 ファランがささやいてきた。

「うん。そう言えば、技術以外の事はあまり話してなかった気がするな」

 お互い、相手の顔を見るが早いか、作りたいものとか、アイディアとか、止めどなく喋り出すからだ。


「イロンさん、それ以外の話題なんてボムジンとお酒飲むときくらいじゃないかな?」

 杯に酒を満たしたイロンは、こっちに戻るかと思ったら、ボムジンの方に行ってしまった。まだ飲むらしい。


「でも、ボムジンさんがお嫁さん連れてくるなんて、びっくりしたわ」

 ファランがつぶやく。

「ほんとにね。すごい美人さんだし」


 ヤノメは、ボムジンにしなだれかかるように寄り添っていたが、こちらを向くとスッと立ち上がり、近づいてきた。

 ベイオの傍らでは、アルムが食べるのをやめ、鼻をひくつかせた。


「ベイオ、この度はおめでとうございます」

「うん……ありがとう」

 本当に、きれいな人だ。良く手入れされた長い髪が凄い。

 ファランはその髪の毛にうっとりと見入っている。


「可愛らしい花嫁さんね」

 声をかけられ、はっとしてファランは深々と礼をした。

「ジェ・ファランと申します。ご挨拶が遅れて……」

「そう固くならないで。これから長いお付き合いになるし」

 ヤノメは、意外とさばけた性格のようだ。


「こちらのお嫁さんは、まだ警戒してるみたいね」

 黙ったままジッと見つめているアルムに話しかける。


「……嗅いだことないニオイがするだ」

 ポツリとアルムはつぶやいた。


龍涎香りゅうぜんこうの香りかしら」

「龍?」

 フアンタジーな単語に、ベイオは思わず反応してしまった。

「まれに浜辺に打ち上げられる、蝋のような塊です。龍のよだれが固まったもの、とされてます」

「へえ……」

 前世では、マッコウクジラの腸内で生じる物質だ。抹香と似た香りなので、名前の由来にもなっている。

 しかし、この世界だとわからない。

 ディーボンの向こうには、大洋が広がっている。そのどこかに竜宮城があってもおかしくないのが、この世界だ。


「あの……その髪なんですけど」

 ためらいがちにファランが切り出すと、ヤノメは微笑んだ。

「気になるわよね、女の子なら」

 髪に刺したかんざしを抜くと、束ねていた帯紐をほどく。

 そして、小声で呪文を唱えた。

 髪が扇型に広がる。そして、シュルシュルと頭上にまとまり、結いあがって行った。最後にかんざしを挿す。

「わぁ……」

「……凄いな」

「……」

 ファランとベイオは目を見張り、アルムはあんぐりと口を開いていた。


「呪法のおかげで、手入れに困ることはありませんのよ」

 帯紐を袂にしまい、ヤノメはこともなげに言った。


 ……電撃とか不可視とか、何かと戦闘に使いそうな呪法ばかり見ていたけど、これは実生活に役立ちそうだな。


 素直に感心するベイオ。見とれるファラン。そして。


「アルム、そろそろ口を閉じないと。よだれたれてるし」

 口元を拭ってやった。


「あの、それから……ボムジンさんの事ですけど」

 非常に聞きづらそうなファラン。


 それはベイオも気になっていた。てっきり、ボムジンが猛烈アタックしたのだと思ってたのに、実際は逆だという。宴の前に本人に聞いたのだが、、なぜかその経緯には口が重く、あまり話してもらえなかった。

 ボムジンは人がいいが、見かけは粗野だ。優美で上品なヤノメな印象の彼女が、彼のどこに引かれたのだろう?。


「彼には深く感謝してます。旅の間、本当に良くしていただきました」

「道で倒れていたんだっけ?」

「はい。自分の呪力を過信してました。疲れと空腹で意識を失うなんて、お恥ずかしい限りです」

 なるほど、呪法か。ベイオは少し納得した。


「ボムジンさんは旅の間、ずっと私の体の具合を気にかけてくれました。昼も夜も」

「夜も?」

 うっかり十八禁な想像をしかける。

「ええ。彼はあの通りお酒が好きで、荷車には酒樽も積んであったのに、ここにつくまでまったく飲まなかったのです」

「そりゃ、凄いな」

「酔って無作法をしないように、との心遣いですね」

 目を閉じて、しみじみとつぶやく。

 その姿に、ファランの心はまたもや旅立ってしまったようだ。目がハートだ。


「初めて親しくなった男性がこんなに素敵な人だとは、わたくしは果報者です」

 また凄いことを言い出した。


「ヤノメさん、向こうでどんな暮らしをしてたんですか?」

 普通に町や村で暮らしていたとは思えない。

「母と二人で、山中に暮らしておりました」


 ……まるで仙人だな。いや、女性だから仙女か。いやまてよ。


「生活、大変だったでしょう?」

 人里はなれて男手がないとは。


「いえ、それほどでも。母も呪法の使い手でしたから」

 呪法で必要なものを手に入れてたとなると、究極の自給自足だ。


「平穏な暮らしですが、その分、世の中の気脈の変化には敏感になります。それで、この国の変化に気づき、飛び出してきてしまいました」

 何となく、話が見えてきたが、気になることが一点。

「ボムジンとの結婚、お母さんに相談しなくて大丈夫?」

 自分がそれを口実にしようとしただけに。


「飛び出すとき、逆に言われました。気に入った男がいれば一緒になれ、と。行き遅れになるより、ずっとましだとすら」

「……お母さんの方も凄い人だな」

 その母にしてこの娘あり、なのだろう。


 ふと傍らを見ると、アルムがうつらうつらと船をこいでいた。宴はまだまだ続きそうだが、良い子は寝る時間だ。


「お休みなさい、ベイオ。またお話ししましょう」

 そう言うと、ヤノメはボムジン達のところに戻っていった。


 ベイオも立ち上がり、ゾエンに声をかけた。彼は、ファランの両親と話し込んでいたようだ。

 そして、アルムの手を引いて部屋に引き上げる。ファランもそのあとに続いた。


「やー! ベイオと寝るの! お嫁さんなんだから」

 部屋の前で、アルムがしがみついて離れない。するとそこに、寝巻きに着替えたファランまでやって来た。

「わたくしも、ご一緒に」


 結局、三人で川の字になって寝ることになった。すぐにアルムは寝付いたが、ベイオはそうもいかなかった。


「ベイオ……起きてる?」

 ファランもそうらしい。

「これからどうなるのかしら。わたくしたち、それにこの国も」

 ベイオは目を閉じてしばし考え、ファランの方を向いた。白磁のような頬が、すぐそばにある。


「幸せに、ならなきゃね」

「……ええ、本当に」


 ファランは目を閉じた。


 そして、夢を見たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る