第25話 冬の三角
ファランに案内されて訪れたのは、川辺の小屋だった。その前では、三人の子供が遊んでいる。
……ように見えたのだが。
「何やら、取り込み中のようじゃの」
一人はベイオ。彼ににしがみつくようにしてる二人目は、よく彼といる人狼族の娘だろう。もう一人は人虎族の少年のようだ。
「ジュルムが戻ってきた見たいですね」
ファランにも様子が見てとれた。
「知っとるのか?」
「話したことはありませんけど。暫く村から出ていたみたいです」
獣人たちは風のような民だ。ひと所に長くとどまることはまれで、あちこちを放浪しては、狩猟や家畜の屠殺などを生業とする。
その意味では、アルム父子は珍しい。
「アルム、俺と行こう」
「やだ!」
「そんな、いくらなんでもいきなりだよ」
そんなやり取りから、シェン・ロンにも三人の関係が見えてきた。
冬枯れの木立から柔らかい日差しがこぼれ落る小春日和なのに、獣人二人の間は荒れ模様だ。
……いわゆる三角関係じゃな。
人虎の少年が人狼の娘を旅に誘ってるが、娘はその気がないと。よくある話だ。他人が関わってうまくいくはずもなし。
日をあらためて出直そう、と言おうとして老師が口を開きかけたその時。
弟子がすたすたと三人のところへ歩み寄った。
……どうやら、姫様には他人という意識は無さそうじゃの。
仕方あるまい。
老師はため息ひとつついて、そのあとに続いた。
「皆さんお揃いね。でも、ケンカはよろしくなくてよ」
真正面から切り込むとは。
呆れるべきか感心すべきか、悩む老師だった。
「ヒト族は口出すな! これは獣人の話!」
ジュルムが噛みつくが、ファランはまるで意に介さない。
そして、アルムも黙っていない。
「ケンカなら負けないもん! アルムはベイオと一緒にいるの!」
ますますベイオの腕にしがみつく。獣人パワーなので、ベイオはちょっと顔をしかめた。
「ちょっとあなた、それではベイオが痛いわよ」
反対側の腕をとる。
アルムがファランに唸った。
「さわんないで! ベイオはアルムの!」
……もうひとつの三角じゃな。
若さじゃのう、と思いつつも、彼らは六歳の幼児であることを思い出す。
「姫様が申すには、お主が面白いものを作ってるとか」
老師が水を向けると、ベイオは笑顔で話しだした。
「ええ、これは僕だけじゃ無理なので、老師様にも見ていただきたくて。こっちです」
そして、娘二人に両腕を掴まれたまま、小屋の方へと歩きだした。
その様は、まさしく両手に華だが、傍目にはあまりに不釣り合いに見える。なにしろ、片方は王族の姫君。もう片方は獣人の娘だ。普通なら、並び立つはずがない組み合わせである。
「二人とも、ちょっと腕を離してくれるかな? 老師様にこれを見てもらいたいんだ」
ベイオがそう言うと、アルムはしぶしぶ手を離した。
「ファランも、ね?」
ファランは掴んでる自覚がなかったのか、真っ赤になって離した。
この少年は、王族も賎民もまるで意に介さない。ただひたすら、大切な友人の不仲に心を痛めてるだけた。
あまりに自然な接し方。彼にとっては、身分の高さなど背の高さより意味をなさないようだ。
……それにしても、ここまでとは。
小屋に入ると、そこを埋め尽くしている様々な仕掛けに、あらためて驚かされる。そして、作業台に載せられた箱の中に収められている仕掛けは、細かいが精巧な作りだった。
「朝から作り始めたと聞いたが、もう完成しとるのか?」
老師が驚くのも無理はない。まだ昼過ぎだから、精々数時間だ。
「まだ、全然ですよ。これから上物を作らないと」
謙遜のようだが、ベイオの口調は事実を伝えただけだ。
「ここまでは、手持ちの共通部品を組み合わせただけです」
指さすのは、箱の横から刺さっている軸や歯車、その中の仕掛けの大半だ。
「共通部品……?」
この歳になっても聞いたことのない単語の組み合わせに、老師の興味はますます掻き立てられた。
少年は作業台の下の箱から小さな歯車を取り出した。
「同じ大きさや太さで、軸や歯車をあらかじめ作っておくんです。そうすれば、組み合わせるだけで色々なものが作れます」
歯車の歯の数なども、大きさによってそろえてある。
「今朝、最初から作ったのは、この箱です。板を切って穴をあけ、貼り合わせただけ」
老師は室内を見回した。
一番手前には、鋸の刃が突きだした台がある。その隣は、錐が付いているから穴あけに使うのだろう。
ベイオが台の下の板を踏むと、鋸が上下し、錐が回転した。
「なるほど。これは確かに凄いのう」
感心することしきりだ。
「ちょっと失礼するぞ」
小屋の壁のない側から出て、小川の方に出る。そこで回る水車が、小屋の中の仕掛けを動かしていた。
……これは、想像以上じゃな。
小屋の中に戻ると、ベイオが手にした箱を差しだして来た。
「この、箱の外に出ている軸は……」
「はい、そこに水車が付きます。それで中の物を動かすんです」
箱を手渡された老師は、その軸を回してみた。歯車を介して、何本もの軸が縦に横に回転し、あるものは上下に動く。
「これから作ると言う、その上物とは?」
「はい。まず、水車です。それから、中のここには石臼の雛形。向こうで上下してるのは杵のつもりなんで、下に臼を置きます」
そうなると、この箱それ自体がかなり大きなものの雛型と言うことになる。おそらく、この小屋よりはるかに大きい建物。
「それから、これは揚水機になる予定です」
ベイオは箱の中で水車に一番近い場所を指さした。柱に支えられて、上下に着けられた滑車が回転する仕組みだ。
「揚水機……?」
新しい言葉、概念を知る。しばらく途絶えていた喜びだ。
「水をくみ上げる仕組みです。ここに川の水を引きこんで、滑車に渡した紐に手桶を取り付けます」
「……これは、全体でどのくらいの大きさになるのじゃ? いや、実物の方で」
思わず、質問に熱が入ってしまう。
「そうですね。この通りに作るわけじゃないですが、この揚水機の高さは、僕の背丈の五倍かな?」
およそ五、六メートルだ。
「それだけ上げれば、川の水を畑まで引けると思うんです」
ベイオの話は、単なる工作の範疇を越えた、一大事業とでも言うべきものだった。
「確かにこれは、子供の手に余るのぅ」
手にした箱をベイオに返し、完成したらゾエンにも見せると約束した。これが上手くいけば、この国は大きく変わるだろう。
久々に、身中を熱い血潮が巡るのを感じた。
一方、ベイオはと言うと、水車小屋が完成した後のことを考えていた。
……水路を引くなら、測量が必要だな。三角測量になるから、三角関数か。関数表も無さそうだから、自作しないと。
この冬は三角ずくしだな、とベイオはちょっと憂鬱になった。数学はあまり得意ではない。手を動かしている方が好きだった。
……もっと勉強しておくべきだったな。
少年死に易く学成り難し。
ベイオに「また明日」と告げて、老師は小屋から出た。すっかり日が短くなっていて、既に夕刻に近づいていた。
小屋の外には、虎人族の少年が立ち尽くしていた。うつむいていて、取り残されていたように見える。
「ずっとそこにおったのか」
話の輪に入れずにいたのかと、すこし気の毒に思ったのだが。
ジュルムは顔を上げると、真剣な眼差しで言った。
「山で修行してて、ヌシに出くわしたんだ。爺やが、良くないことが起こる、と言っていた」
「ヌシ……じゃと?」
ファラン姫が見た夢の話が脳裏によみがえった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます