第6話 工作その3

 翌朝。

 目を覚ましたベイオは、少し落ち込んでた。

 服と手拭いを松脂で汚してしまって、母親に叱られたからだが……。


 怒らないで、悲しい顔で叱られるのって、キツイな……。


 特に、アルムの服まで汚してしまった事を、母親は気に病んでいた。獣人向けに服を売ってくれるところなど、この村にはないのだから。実際、今、アルムが着ているのは、ベイオのお下がりだ。


 しかし、落ち込んでるばかりではいられない。今朝も、母親はあのバカみたいに重くて使いにくい手桶で、何往復もして水を汲んでいたのだから。

 うまく行けば、明日には新しい手桶が完成する。そうすれば、母親の朝の労働は、かなり楽になるだろう。


 朝食の雑穀餅を食べ終えると、母親は仕事に出た。今日は農家の手伝いなので、早めに帰ってくるはずだ。出来れば、その前に完成させたい。


「ベイオ、おはようだ!」

「アルム、おはよう」


 二人して家を出る。向かうのは、家の裏手、アルムの小屋の向こう側を流れる小川だ。


 夕べ川べりに打っておいた杭がしっかり刺さっていて、結んだ縄もピンと張っている。それを確認してから縄を手繰り寄せ、川の水に浸しておいた板を引き上げる。

 充分に水を吸って、ずっしり重くなっている。


 縄をほどいて、板を持ってアルムの家の戸口まで来た。既に裏手の窯からは煙が出ている。早朝に火を入れたのだろう。なら、今日一日は温度調節をするだけなので、忙しくないはず。


「アルム、お父さんを呼んでくれる?」


 コクン、とうなずくとアルムは口を開いた。

 相変わらず、獣人語は聞き取れない。それどころか、所々、口は動いてるのに声が聞こえない。

 野生動物は、人間には聞こえない周波数の音が聞こえる。そう聞いたことがある。多分、獣人語には一部、そんな音域の発生があるのだろう。


 そんなことをベイオが考えていると、戸口の布が跳ね除けられ、巨体が「のそり」と現れた。

 もちろん、何も知らない人が見れば、全く異なる印象だろうが。


 ベイオにとって、アルム父は寡黙な、そして穏やかな大人の男性だった。種族は違えど、「父親」というイメージに一番近い。顔と名前しか知らない前世の父よりも、それすらも分らない今生の父よりも。


 直接話せたらなぁ。


 つい、そんな方向に考えが流れたが、呼び出しておいてそれでは失礼すぎる。


「あの、まずはこの板の丸くなってる側を、平らに削りたいんですけど」

 川に一晩浸けてふやかした板を見せる。

 湿った板材を受け取ってしばらく眺めると、アルム父は頷いた。小屋の中にいったん下がり、戻って来た時にはなたのような刃物を持っていた。

 鉈と違うのは、刃の両端に柄が付いていて、両手で持てるようになっている点だ。このあたりでは両手鉈と呼ばれている。

 小屋の外の作業台に板材の丸みを帯びた側を上にして置き、作業台の下のペダルを踏むと、台の端にある板が万力のようにグッと板材を押さえて固定した。

 そして、両手鉈を板材に当てて、スイと引く。湿った板は歯が通りにくいのに、丸い部分が一気に端まで薄く削り取られた。何度か繰り返すと、板材は厚さ一センチほどまで削られ、平らになった。


 見事なものだ。普段こうして、窯の焚きつけ用に薪を薄く削いでいるのを見ているが。


「もう一つ、お願いが。お湯を沸かして、ちょっと長い間、これを煮込みたいんです」


 アルム父は、何事かをつぶやいた。


「おとうが言うには、それ、美味いのかって」


 だよな。煮込むって普通、食べ物だよな。

 予想通りの反応だけど、説明するのは難しいかも。


「食べるんじゃなくて、曲げるんです。木材も、じっくり煮込むと柔らかくなって、曲げやすくなるんですよ」


 「曲げ木」と呼ばれる工法だ。前世では、一枚の板を曲げて作った座いす、なんてのを作ったことがある。

 百聞は一見に如かず。ということで、なんとか理解して欲しい。


********


 木材を煮込む鍋の代わりになったのは、失敗作の素焼きの円筒だった。用途がさっぱりわからないが、長さ一メートル強、内径三十センチほどの中空の筒だ。残念ながら、縦にヒビが入ってしまっている。

 これをアルム父が小槌でコツンと叩くと、パカッと縦に二つに割れたのだ。見事というか。

 水平にしたこれに水を張って、下で薪を燃やす。やがて水は湯となり、沸騰してきた。

 そこに、例のふやかした板を入れ、じっくりコトコト、二時間ほど煮る。その間にベイオは、あらかじめ選んでおいた、芯材に適した廃素焼きの別な筒を用意した。

 そして、地面に竹の皮を一列に敷いておく。


「そろそろいいかな?」


 火バサミでつまみあげた板が自然にしなうのを確かめて、ベイオは言った。

 そして、アルム父に頼んで、竹の皮の上に板を載せてもらう。さらにその上に、アルムが素焼きの筒を置いた。


「よし、板を筒に巻き付けて!」


 アルムが竹の皮ごと板を持ちあげ、上に乗せた素焼きの筒に撒きつけながら筒を転がしていく。


「木の板なのに、柔らかいだよ! なんか美味しそう」


 いや、食べ物じゃないからね?


 心の中でツッコむベイオだった。


 竹の皮を取って、板はそのまま完全に乾くまで放置だ。歪みが出ないよう、板の合わせ目を下にして、周囲を重い焼き物で囲っておき、火を消してもらう。

 あとは、他の部品を切ったり削ったりで、日暮れとなった。


********


 そして、朝。


 母が出かけて、アルムが迎えに来る。


「よし、アルム、行こう!」


 矢も楯もたまらず、アルムの手を取って裏手へ。目指すは、昨日曲げた板。


「……完璧だ!」


 周囲に置いた重しを外しても、板は円筒に巻き付いたままだった。見た限り、ヒビも歪みも見当たらない。


 喜び勇んで素焼きの円筒から筒状の板を外し、自宅へ。

 いよいよ、残りのパーツを組み上げる段階に入るのだ。まずは、使い残した松脂を湯煎し融かしていく。

 底板の縁に融けた松脂接着剤を塗り、そこに曲げた板を下から三センチほどの所が接着されるように巻き付ける。曲げた板の合わせ目にも松脂を塗った。

 そして、底板の下部分には、別の幅の細い板を曲げながら貼り付け、底が抜けないように支える。

 最後に、側面に取っ手を支える支柱を二本貼り付け、その上部の穴に横木を指す。横木を固定する楔を刺せば……。


「完成だ!」


 思わず、ガッツポーズ。

 時刻は昼前。母親が帰って来るまでには、松脂も固まっているだろう。


 つんつん。


 ベイオの着物の裾が引っ張られた。


「ベイオ、おらな、遊びたい」

 アルムがつぶやいた。


 そうだった。ずっと自分の工作に付き合わせてばかりだった。


「よし、じゃあいっぱい遊ぼう!」


 アルムは、にぱーっと笑った。


 ああ、この笑顔のためなら、何でもできちゃいそうだな。


 そんなことを考えたベイオだが。


「じゃぁ、ウサギ美味しいから、裏山で捕まえて」

「え? 僕が?」

「うん」

「一人で?」

「うん」


 なんか、無茶振りされたような気が……。


 そして夕方。悪戦苦闘して捕まえたウサギと手桶。どちらも母親は喜んでくれた。

 ウサギの肉はベイオとアルムの両家族で美味しく頂いた。


 しかし、手桶の方は翌朝、この静かな村にセンセーションを巻き起こす。

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