第74話 謁見

 南大門を潜ると、都のそこここに破壊の後が見てとれた。何よりも、都の象徴とも言える宮城が焼け落ちているのは耐えがたい。


「おのれディーボンめ! 許さんぞ!」

 義憤に駆られるシスンだが。


「あれは、国王に見捨てられた民衆が焼き討ちしたものだそうです」

 ヤノメの言葉に、シスンは脳天を強打された。


「民衆だと? このすべての荒廃が?」

 周囲の荒れ果てた街並みを、シスンは手で示した。

「倒壊しているだけの建物は、先日の嵐によるものですね。火に焼かれているのは、ほとんどが暴徒によるものです」

 淡々と話すヤノメを前にすると、シスンの怒りも気を削がれる。


「むしろディーボン軍は、治安維持と復興に尽力してくれました。お気づきになりませんでしたか?」

 ヤノメは、背後の南大門の彼方を指し示した。

「東からの街道と合流してから、急に道がよくなったことに」

 今朝、宿を出てすぐだった。ブソン港からの街道に合流してから、確かに車の揺れが目に見えて減った。滑らかに、流れるように都へとたどり着いた。


「ディーボン軍が、街道を整備してくれたお蔭です」

「……侵略者に、感謝しろと?」

 そのディーボンと命懸けで戦ってきた身としては、面白くない。


「そこまでは申しません」

 曖昧な笑みを浮かべて、ヤノメは続けた。

「ひとつ言えるのは、敵・味方という切り分けだけで考えていると、本質を見誤る、と言うことです」


 敵と味方。武人としては当然の区別だ。それで見えなくなる本質とは。

 ヤノメの言葉に考えを巡らせるシスンを載せて、車は宮城で焼け残った迎賓館へ。

 暮れなずむ夏の夕日が、その顔に影を落としていた。


* * *


 ……子供……だと?


 謁見の間に通されたシスンは、玉座に着くその姿に愕然とした。少年と呼ぶのも幼過ぎる幼児。筋肉質の偉丈夫というイメージが、音をたてて崩れていく。

 しかし、その傍らに立つ貴族の青年と老師を見て、積もり積もった疑問が氷解する。


「お前たちが、この茶番を仕組んだ張本人か!」

 あからさまな敵意を含んだ声で、シスンは糾弾する。

 どうせ処刑される身ならば、せめて息のあるうちに糾弾せねば。


「リウ・ゾエン、国王直属の監察使としての立場を利用し、国家転覆の策謀を巡らすとは大したものだ」

 シスンに面と向かって痛罵されても、ゾエンはすまし顔で動じない。そんな余裕がさらに癪に障る。


「シェン・ロン。国一番の大賢者でありながら、体制批判を繰り返してきたと聞く。のみならず、裏で糸を引いて国王陛下に弓を引くとは!」

 老師の方は、いつも通りの飄々とした様だ。からかうような目線で、長く白い髭をしごいている。


 その時、玉座の幼児が口を開いた。


「……茶番と言うのは、まあ、そうだね」


 意外な成り行きに、シスンは絶句した。ただのお飾りに過ぎぬと思っていた幼き皇帝が、自発的に言葉を発したのだ。


「でも、策謀とか黒幕とかは事実に反するから、訂正して欲しいな」


 お飾りなのだから、言葉を発するなら教えられた台詞に決まっている。そう思い込んでいたが、違った。


「そもそも、作った水車を王様に見せたら死刑にされかかったんだから、まさに茶番だよね」


 ……水車? 死刑? 一体何の話だ?


 シスンの混乱は深まる。


「それでもって、ディーボンが攻めてきたら、その王様が真っ先に逃げ出すなんて。もう笑うしかないでしょ」


 この子供は何なのだ。見た目は七つかそこらの幼児なのに、声変わり前の細い声なのに。その言葉には大人びた知恵がうかがわれる。


 その時、老師が口を開いた。ニンマリと口の端を上げて。


「リウ・シスンよ、どうじゃな? これなるは我が一番の愛弟子、皇帝ベイオじゃ」

 そして、玉座に向かって言葉を継ぐ。

「いや、そろそろわしの方が弟子入りすべきかのう」


 ベイオは顔をしかめた。


「老師、その辺にしといてよ。シスンさんが固まっちゃったじゃない」


 言葉を失ったシスンに向き直り、ベイオは話しかけた。


「リウ・シスンさん。あなたには、国軍の再建に尽力して欲しい。この国には貴重な、実戦を体験した武官として」


 意外な申し出に、シスンはうろたえた。


「それは……生かしておくと?」


 処刑を覚悟して張りつめていた気持ちが、一気に崩れていく。


「当然でしょ? 折角、戦で生き延びたのに、殺しちゃったら人材がいなくなる」


 皇帝の言葉というには、あまりにも日常会話的すぎる口ぶり。それなのに、内容は反論の余地が無い。

 どう答えて良いか分らず混乱するシスンを、背後からの声が打ちすえた。


「参内が遅れて誠に申し訳ありませぬ。ル・セイロン、参上つかまつりました」


 聞きなれた幼馴染の声に、シスンは思わず振り返った。


「セイロン兄者……なぜ、あなたがここに?」

「陛下の御前であるぞ、控えよリウ・シスン」

 そう言って拝跪はいきする幼馴染みにうながされ、今更ながらシスンもひざまずく。


「セイロンさん、ファランとの打ち合わせの方は?」

「は、皇后陛下のご意向に沿う形で、孤児院の規模を拡大いたします。ひいては、財源として通貨の発行を――」

 かしこまって続けようとする話を、ベイオは手で制した。


「具体的な内容は、ゾエンさんと詰めて」

 傍らで空気になってたゾエンに向かってうなずくと、ベイオは玉座から立ち上がった。


「じゃあ、僕はこれで」

 窓の外を見ると、すっかり日は落ちていた。

「良い子は家に変える時間だしね」

 にこやかにそう言うと、玉座の裏手の出口に向かった。


 幼すぎる皇帝が退出すると、セイロンは立ち上がってシスンに声をかけた。

「さて、シスン。積もる話もあるだろうが、わしはゾエン宰相閣下ともう少し仕事がある。部屋を用意しておいたから、今夜はゆっくりするといい」


 ほう、と息を吐いて、シスンも立ち上がった。

「全く、何なのだ、あのわらべは」

「皇帝陛下だ」

 セイロンが訂正するが、その目元には笑みを浮かべていた。とがめると言うより、面白がっている。


「その辺も含めて話さねばな。少し遅くなるが、今夜にでも話そう」

 そう言うと、セイロンはシスンの肩を軽く叩き、ゾエンと謁見の間を出ていった。


「さてと」

 老師がシスンに声をかけた。

「疲れを癒すなら、酒と食事じゃな。付いて参れ」

 呆気にとられるシスンだが。

「何しとる。はよう参れ」

 扉の前で手招きされ、憮然としながらも付き従うしかなかった。


* * *


「ここは……一体」

 老師に連れられて入った屋敷は、更なるカオスだった。

 広間に集うのは、食事と言うより宴と呼んだ方が良さそうな人数。その面々が、また変化に富んでいる。

 あちらでは、髭の濃い小柄で筋肉質な異国人が、同じく筋肉質な大男と酒を酌み交わしている。その大男にしなだれかかっているのは、シスンを停泊地まで迎えにきたヤノメだ。

 その隣では、獣人の男二人が静かに語らいながら飲んでいた。片方は、都まで車を引いた虎人の男、もう一人は人狼族か。

 そして、座の中心にいるのは皇帝ベイオ。隣の少女が、ファラン姫であろう。二人を見守る見知らぬ女性は、どちらかの母親だろうか。

 王弟殿下の妃は、以前参内した折に見かけたことがある。ならば、ベイオの母か。

 シスンが見る前で、女はベイオの口元を拭った。気まずそうに礼を言う様は、年相応の子供のそれだ。

 その隣では獣人の幼児二人が、料理を取り合ってるのか言い合ってる。それも、ベイオの母にたしなめられて収まった。


「ふむ。ヤノメたちの慰労会じゃったか。ちと、込み合っておるな」

 広間をしばらく見回していた老師が、シスンに声をかけた。

「後でセイロンも来るじゃろうから、部屋でやるとしよう」

 そして、傍らを通った女官を呼び止め、酒と食事を客間に運ぶように命じた。


 客間に着くと、すぐに食事と酒が運ばれてきた。

「まあ、やりたまえ」

 薦められるまま、シスンは一口あおった。

「うっ」

 思いがけず酒精が強く、むせる。

「いかがかな? 異国由来の酒じゃが」

 老師の言葉に、ふと気がつく。

「異国人と言うと、先ほど広間にもおりましたが」

 老師は自分も一口飲むと、シスンに答えた。

「さよう。イロンと言ってな、腕の良い鍛冶屋じゃが、酒造りも中々じゃ」


「その……何なのですか、あの者たちは?」

 シスンの問いかけに、老師は盃を置いて、ふむ、と首を捻った。


「あえて言うなら、ベイオの家族、じゃな」

「……家族?」

 異国人はまだしも、獣人も含めるとは。


「あのヤノメという勅使が、皇帝は身分など気にしないと言ってたが……」

 酒が回るより早く、頭が回らなくなってきた。理解が追い付かない。

「そうじゃな、彼女は理解が速い」

 そして、老師は語りだした。ファラン姫の夢見のこと。身を隠すため、地方の村を訪れ、ベイオと出会った事など。

 そして、国を追われるようになった事。


「では、ディーボンとの関わりは、それで?」

「さよう。結果的には、お主の言う通りじゃな。敵に協力して、国を盗ったのじゃから」


 やがて、戸口から声がかかった。


「お、早速盛り上がってますな」

 セイロンだった。

「おお、待ちかねたぞ。まずは一杯やりなされ」

 老師の薦める盃を飲み干すと、セイロンはシスンに酒をついだ。

「旧友との再会を祝って、乾杯だ」

 しかし、まだシスンは納得いかなかった。


「あのベイオという子供、何なのですか?」

 不敬極まる物言いだが、皇帝自らが身分は気にしていない。


「そこは、わしにも分からん」

 老師は言い放った。

 シスンはこめかみに手を当てた。

「さはさりながら、分からぬ相手に使えよと言われましても……」

「それは違うな」

 セイロンの言葉に、シスンは怪訝な顔となる。

「……違う、とは?」

「皇帝陛下が求めておられるのは、ご自身が使えておられる相手への忠誠だ」

 シスンの眉間のシワが深まる。

「まさか、ディーボンに?」

「それこそ、まさかじゃな」

 老師は呵々と笑った。

 セイロンもうなずく。


「あれは、最後の合戦に敗れた時。ゾエンに詰め腹を切らされたわい。今後、誰を主とするか」

「……皇帝でないなら、誰に?」

「民草に、だ」

 セイロンの答えは耳を疑うものだった。


 その様を見て、老師は再び笑った。


「いやいや、これはまた教え甲斐があるのう。どうじゃ、お主も入学せんか?」

「入学……ですか?」

 老師は顔中を笑い皺で埋め尽くして言った。


「ベイオの『学校』じゃよ」


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