心の仕組み


 猫の背も影のひとつに冬の暮  



「冬の暮」は、冬の日の夕方。日が短いため、早くから電灯が灯る。その頃には、空には星が寒々と輝き出す。冬の季語。  




 我が家の周りに出没する野良猫がいる。

 子猫の頃、ミルクをあげたりしたらすっかり居着いてしまった。

 いつも戸口で待ち伏せており、足元にスリスリしてご飯をねだる。

 ちょっとした隙に家の中に入り込んでしまって、結構困りものだ。


 追い払っても、すぐに忘れたように戻って来る。

 追い払われて悔しいだろうに、バルコニー用のサンダルに鼻を突っ込んで、匂いを嗅ぐようにしながら昼寝をしたりする。


 


 そんな、割と粘り強い彼(オス)が、数日前は様子が違った。

 庭の隅に置いた椅子の上に、どこか遠くを見ながら座っている。


 いつもなら、物音がすれば駆け寄ってくるのに——私が庭へ出ても、振り向かない。

 冬の風に吹かれながら佇むその背中はとても小さく、遠く見えた。




 いつも、当たり前のように追い払ってしまう彼。

 それなのに——


 もう、今までのような目で自分を見上げることはないのかもしれない。

 自分の足元へすり寄って来ることは、ないのかもしれない。


 そう思うと——

 動かない遠い背中に、振り向いて欲しかった。

 もう一度、いつものような彼が見たくてたまらなかった。




 ここ数日、彼は姿を見せない。





 人は、どうして、自分の手の中にある幸せは、見えないんだろう。

 それを「幸せ」と意識することさえできずに。


 それとも——失ってしまったから、愛おしいのだろうか。

 手からすり抜けてしまったからこそ、大切に思えるのだろうか。





 天邪鬼あまのじゃくな、ひとの心。

 いつも何かを恋しがって。

 一旦手に入れれば傲慢で。

 まだ手に入らない別の何かを欲しがって。

 そうして——大切なものを失えば、今更のように打ちひしがれて。



 そうわかっているのに、改めることができない。





 いつもいつも、どこかが埋まらない。

 それが、ひとの心の仕組みなのかもしれない。












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