影の色

  

 紫陽花に影てふ色の重なれり



 紫陽花は、夏の季語。

「てふ」は、「と言ふ」の変化したもの。




 影の色、と言われたら、何色を想像するだろう。

 黒、と思う人が多いかもしれない。



 でも——本当に、黒だろうか。



 影の色は、季節によっても違う気がする。

 真夏は、焼き付けられるようなくっきりと濃い影。

 冬は、軽く乗せられただけのような、淡く優しい影。



 影の色は、本当は黒ではない。

 影にも、色がある。



 光の強さによって——また、何色のものに重なるかによって、影の色は異なる。

 光の強さと地の色が一致しない限り、同じ色の影はできないと言った方が正しいのかもしれない。



 梅雨は、柔らかな影の色が美しい季節だ。

 そのことがとてもよく分かるのが、紫陽花の花にできる影を見たときだ。




 ——紫陽花が、家の軒下にひっそりと咲いている。

厚い雲のたれ込める、どんよりとした空の下。紫陽花の紅色も沈む。


 だが——

 よく見ると、紫陽花のひとつひとつの花の玉の色は、場所によって違う。

 上にある玉は紅色が勝ち、その陰の玉の色には、暗く濃い紅が加わっている。


 陰にある玉には、影の色が重なる。

 暗い場所の玉ほど、影の色は深まる。

 そうして、たくさんの花の玉が、紅色の美しい濃淡を生み出しているのだ。



 ——色の中で遊んだ心が、ふと我に帰る。


 雨の降り出しそうな重い色合いの空間。その中で、紫陽花は落ち着いた紅色のグラデーションを纏い、潤いを含んで静かに佇んでいる。




 影の色は、黒ではない。

 何色とは言えない。——しかし、少なくとも黒ではない。



 そして紫陽花は、影の色を楽しむことのできる、梅雨の季節に相応しい花だ。










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