特別な香り


  どの家も柚子を灯して郷の暮る



 柚子は、秋の季語。黄色に熟したものは高い香りと強い酸味を持ち、果皮は料理等の香りづけに使われる。果肉は搾って酸味料などにする。



 

 柚子の皮を噛み締める時に広がる、あの香りが大好きだ。


 好きな香りや味はたくさんあるが、柚子の香りは、私の中の特別な感覚を刺激する。

 味わった瞬間、気持ちのどこかがほっと緩んで、安らぐ。


 何がどうだから、という理由を経由せず——反射的に心が落ち着く…とでも言うのだろうか。

 他のどんな食べ物を味わっても、そんな感覚を呼び起こされるものには出会えない。——とても不思議な感覚だ。



 なぜだろう。

 理由を考えてみた。



 生家の庭には、柚子の木があった。

 毎年大きな実をたくさんつける、優秀な木だ。


 母は、冬になるとよく白菜を漬けた。一晩ほど浅く漬けたものが我が家では人気があり、冬の食卓には決まって皿に山盛りになって並んでいた。


 漬ける時に、母は必ず柚子の皮を一緒に入れた。

 庭の柚子の実を捥いで、その果皮を細く刻んだものだ。


 白菜の白と柚子の黄色のコントラストは華やかで、冬の食卓を明るく彩る。

炊きたての艶やかな新米と香り高い漬け物は、もうそれだけで最高のごちそうだ。器に山盛りにした白菜も、家族で食べるとあっという間に皿が空っぽになった。


そんな漬物を何度も仕込むため、冬に台所に立つ母の側には、新鮮な柚子の爽やかな香りがいつもあった。



 ——そうやって、寒い季節に直に感じる家の温かさを、柚子の香りとともに記憶したせいなのだろうか。




 幼い頃から幾度となく記憶に刻み込まれた幸せな香りに、今も身体の奥底から湧き出すような安らぎを感じる。

 ——考えてみれば、それはごく当たり前のことなのかもしれない。











 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る