柔らかなプライド


 自らの声を知らずに春の鳥 



 春、気温の上昇に伴い、野鳥は繁殖期を迎える。番となるべき相手を探すため、鳥たちは高らかに囀る。

「春の鳥」は、春の季語。





 冬が去り、日差しが暖かくなって来ると、それに伴い鳥たちの恋の季節が始まる。求愛のために鳴き交わす鳥たちの囀りが、若葉の生え始めた木々の梢を渡る。

 その声は明るさに満ち、瑞々しく澄んで美しい。



 けれど——

 鳥たちは、自分たちの声が美しいことを、きっと知らない。



 自分の声を、他の個体と比較することもなく——自分自身の囀りを、さも自慢げに見せつけることもない。

 彼らはただ、生きるために欠かせない営みに、全力で向き合っているだけだ。



 だからこそ、彼らの声は、決して手の届かない輝きに満ちている。



 自分自身の魅力を、見せびらかさない。

 必死に生きるその結果として滲み出る輝きを、他のものと比較しない。



 威張るでも誇示するでもなく——ただひたむきに、自身から自然に溢れる光を放つ。

 その輝きに勝るものは、きっとない。








 有名人。著名人。優れた何かを成し遂げた人。

 それは、確かに素晴らしい。


 だが——

 インタビューなどで、「どうだ、俺はお前らなんかよりすごいんだ!」という気配をその人から感じたところで、私のその人への評価は最低レベルに下がる。


 そういう言動に触れた瞬間、「お前なんか少しも偉くない」という反論が、自分の中に起こるのを感じる。

 どんなに優れた何かを達成しようとも——他人を下に見たがるその人の心のあり方に、尊敬も何も抱けない。




 プライド。

 日本語で言えば、自尊心。

 自らを尊ぶ心。

 とても大切な感情だ。


 それがなければ、「自分なんて……」という卑屈な感情に勝つことができないだろう。

 自分自身の心のどこかには、なくてはならない感情だ。



 一方で……プライドの高い人、という言い方を、よくする。

 この言い方は、あまり良いイメージでは受け取れない場合も、比較的多いのではないだろうか。



 だからと言って、プライドを高く持っているのが悪いのではない気もする。



 プライドを、何に対して、どんな風に持つか。

 大切なのは、そこなのかもしれない。




 相手にそんな気がないにも関わらず、自分が「見下げられた」と感じた瞬間、腹をたてる。

「バカにしやがって」という感情にかられる。

 相手と比較して、「自分が立っている位置」が、上か下か。常にそれが気になって仕方ない。

 自分自身を、何よりも高いところに置いていないと気が済まない。



 俗に「プライドが高い人」と表現される場合は、多くそんな特徴を指している気がする。

 

 こういうパターンは、もしかしたら……「自分自身、自分の心身」にプライドを置いたケース……なのかもしれない。





 以前勤務していた職場に、とても有能かつ人間的な魅力に溢れた上司がいた。


 立派な肩書きを持っているのに、部下に対して非常に大らかかつフレンドリーだ。

 パートのおじさんやおばさんとも、とても仲が良い。そんな気が合う人たちに自分から声をかけ、よく飲みにも行っていたようだ。


 立場の上下に関わらず、常に誰よりも先に、「おはようございます」と大きな声で挨拶をする。

 感情のままにキレない。

「お前たちより自分が上だ」などという空気は、微塵も感じさせない。


 そして、部下でもパートでも、能力のあるものの力を信頼し……全員の力を合わせるようにしながら、自分のこなすべき仕事の完成度を高めていた。




 彼は、恐らく——

「自分自身」を高い場所へ置くのではなく……「自分にとって大切なものへの誠実さ」に、プライドを持っていたのかもしれない。


 それは、果たすべき仕事や、一緒に仕事をする仲間、部下。メンバーそれぞれが持つ、個性や能力。

 メンバーと信頼し合うこと。そうしながら、チームの長所を最大限に引き出し、チームの発揮できる最大の力で目標を達成すること。



 そして……

 人と人とが共に過ごしていく時に、本当に大切なものは何か。

 そんなことを、彼はしっかりと理解していたのだと思う。





 自分自身も、その周囲の人も心地よく感じられる場所へ、自分のプライドを置く。

 周囲を押しのけながら、何かにガチガチと固執するのではなく。

 たくさんのものを、大らかに受け止める——そんな、柔らかなプライド。


 


 そんなプライドを、高く掲げたい。


 私は、そう思う。






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