立ち居振る舞い
革ブーツピアス細身の老婦人
ブーツは、防寒用の長靴。最近はファッションの一部として季節に関わらず履かれるようになった。しかし、特に寒い時期に暖かく足元を包むブーツには、冬ならではの趣がある。冬の季語。
化粧。またはメイク。
常に美しくありたいと願う人々が日々行う行為だ。
最近は女性だけのものではなくなってきたから、こういう表現がふさわしいと思う。
逆に、女性でも、「メイク?めんどー。マスクでごまかしとこ」という人が増えている時代かもしれない。
美しくありたい男性。無頓着な女性。多様性が広がることはいいことだ。
外出するとき。
メイクしている日としていない日では、自分の立ち居振る舞いが変わる。
メイクをした日は、挨拶も、店などで店員とちょっと言葉を交わす時も、相手の目を見て割と感じの良い微笑みをしっかり浮かべたりしている気がする。姿勢もすっと伸び、自信を持って堂々と歩く自分がいる。
そして、相手の対応も、どことなく敬意を表するような丁寧さが感じられる。
一方、ノーメイクで身なりも適当な日は、必要最低限の行動でいろいろ済ませてさっさと帰ろうということばかり考えている。視線も伏し目がちになり、足取りもどことなくせかせかと縮こまる。「人から見られる自分」を意識する余裕はない。
外を歩いてどちらが楽しいかといえば、断然メイクをしている日だ。
端から見ても、メイクをするとしないでは、気持ちの違いに起因する立ち居振る舞いの印象はだいぶ違ってきそうだ。
先日、近くのスーパーへ買い物へ出かけた。
足りないものを買いにちょっとそこまで行くだけなので、メイクも着替えも面倒。いつもの普段着とほぼノーメイクで外に出た。
店内に入ると、目の前を颯爽と歩く女性の姿が目に入った。
グレーのファー付きコートを羽織り、黒の革ブーツを履いて、耳には銀の小さなピアスを輝かせた、美しいグレーの髪の老婦人だった。
その年齢を感じさせないファッションとスレンダーな体つき、自信に満ちた立ち居振る舞いに、一瞬で圧倒された。
私の完全な「負け」である。
何において負けたのか。
「意識の高さ」が負けたのだ。私よりだいぶ年上のはずの女性に。
勝手に見とれて、勝手に敗者になり、勝手に悔しがるのもおかしな話だが。
意識を高く保つ。
年齢が上がれば、それだけ自意識を高く保つのは難しくなる。それを維持する体力も気力も、年齢とともに低下していくからだ。
だからと言って、その流れに飲み込まれた先に、自分のなりたい姿があるか——そう自分に問いかけると、その答えは明らかだ。
時の流れに負けることなく、自分自身を高い位置に保つ。常に自分が心地よく過ごせるための努力をする。
その努力は、きっと自分自身の宝物になって返ってくる。
そんな努力に向けるパワーを維持できる人が、きっと年齢を問わず、際立った輝きを放つのだろう。
どうせならば、とびきりかっこいいおばあちゃんを目指したい。
まずはズボラな自分自身を悔い改めてからの話だが。
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