座り心地のいい椅子


 身を放るてふ心地よさ籐寝椅子



 籐椅子は、籐の茎などを編んで座・背・肘の部分に張った、夏向きの涼しげな椅子。また、大型の仰臥用のものを籐寝椅子という。

「籐椅子」は、夏の季語。



 籐椅子のひんやりとした感触は、夏の暑い最中にはなんとも心地いいものだ。

 さらりと風の通るその伸びやかな椅子に、気怠い身体を投げ出す。


 自分自身をぞんざいに放り出す。それを何気なく受け止めてもらう。

 ——そんな特別な心地良さが、籐椅子にはあるような気がする。





 座り心地のいい椅子。


 手を投げ出しても、足を投げ出しても、適当に受け止めてくれる。——というか、適当に放り出したままにしてくれる。



 しっかりとした肘掛がつき、ぴったりと背や足の収まる、クッションの効いた革張りの椅子が居心地がいいとは限らない。




 私は、観光バスの座席が嫌いだ。

 もともと、車酔いをしやすいということにも起因しているのかもしれないが……高い背もたれと肘掛、天鵞絨ビロードを張ったようなふかふかとした座面の触り心地、きっちりとバス内の空間に並べられた閉塞感……その全てが、苦手である。


 恐らくそれは、お金をかけて作られた、高級な仕様のはずである。


 けれど——

 きちんとしすぎて、逃げ場がない。

 閉じ込められた息苦しさに、耐えられない。


 それに座るなら、路線バスなどの簡易な座席の方が、私にとってはよほど居心地がいい。

 



 私の実家には、小学校入学の時に買ってもらった学習机がそのまま残っている。

 その椅子が、とても座り心地がいい。


 何の変哲もない、簡素な椅子なのだが——

 ちょうど足を置きたくなる絶妙な部分に、足をかける場所がつけられている。


 寄りかかると、背もたれの程よいしなりが体重を受け止めてくれる。

 子供の頃のように、背もたれを抱えるように逆向きに座ってギシギシと椅子を揺するのも、何だか楽しい。


 肘掛からだらっと腕を垂らして身体を預けても、適当にその格好を許してくれる。脱力したその姿勢を、出しゃばることなく支えてくれる。


 豪華な作りでも、美しい装飾が施されているわけでも、何でもない。

 ただ、適当に、何気ない。

 それが、何とも言えず心地いいのだ。





 どんなことも——ただ機械的に、隙なく「いいもの」で埋め尽くせばいいわけではないのかしれない。


 暮らし方、生き方、人との関わり……それはきっと、たくさんのことに当てはまる。



 楽な呼吸のできる、隙間や、自由。

 ある程度の適当さと、さりげない配慮。


 ——適度に力を抜いたそんな余裕こそが、私たちに極上の居心地の良さを感じさせてくれる。

 そんな気がする。






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