心を新たに


 延べらるる腕に手を延べ初日の出



「初日の出」は、元日の日の出、またはその太陽。年が改まった感慨が伴い、清らかさや美しさだけでなく、おごそかで厳粛な空気に包まれる。新年の季語。




 今年の元旦は、海辺で初日の出を見た。

 初日の出を見たのは、これが初めてだ。



 元日は良く晴れ、暖かく、最高に恵まれた天候となった。



 水平線には少し雲の層がたなびいていたものの——

 驚くほど美しい日の出だった。



 暗かった空が、次第に紫から桃色に染まり出し——

 少しずつ、オレンジや黄色などの強い力を宿した色に変化し始める。


 雲の向こうでは、海面から太陽が昇ったようだ。

 やがて、雲の凹凸に合わせ、太陽の日差しの矢が広い空に放射状に放たれた。


 黄とオレンジを混ぜたような、たっぷりとしたエネルギーを放出する球体が、雲間から昇ってくる。

 そのエネルギーが、次第に空全体を覆い尽くし、大気を満たしていく。


 色や様子を説明するだけでは決して表現できない、満ち溢れるもの。

 力強く、暖かく、優しい——圧倒的な生命力。

 それは、地上の全てのものを分け隔てなく包み込んだ。


 静かに凪いだ海上に、暖かなオレンジ色の光の道ができる。



 新しい年は、力漲るものになりますように。

 ——そういう年にしたい。


 自然に、そんな思いが湧いた。



 


 天文学者は、心から尊敬する存在だ。



 空を見る。星を見る。

 そんな、何気ない行為。

 眼に映っているものは、一体何なのか。そこにはどんな未知の世界があり、どんな摂理が働いているのか。

 先進的な機器など一切ない時代。

 手引きになるようなものは何もない環境で、初めてそんなことを考え、宇宙や天体の研究に着手した人々。彼らは、異常にも近い天才だと思う。



 そんな卓越した頭脳を持った先人達に道を切り開かれながら——人間は、天体の運行を知り、暦を作った。

 何気なく巡っているように思える時の流れに、節目を作った。


 年を新しくする知恵。季節の変わり目に行事を行い、祈り、祝う知恵。

 農作物を実らせ、豊かに生活するための目安として、不可欠な知識だったことは間違いないが——

 そこには、気持ちを切り替え、リセットを行おうという知恵も含まれている気がする。


 訪れた悲しみに飲み込まれていかないように。緩めていた気持ちを引き締め直すために。

 平坦な日々に、節目を作り、その都度気持ちを新たにする。心をリセットする。

 ——それは、放っておけばいくらでも好き勝手な方向へ傾いていく心のバランスを保ち、コントロールするために人間が考え出した、豊かな知恵なのかもしれない。



 そのまま放置していては、暗い方を見つめてしまいがちな私たちの心。

 その視線を、輝く日差しへと向ける。うつむきがちな気持ちにエネルギーを注ぐ。

 そんな意味を持つ、一年で一番最初の大きなリセットが、初日の出を見ることなのだろう。



 一年の初めの日の出を仰ぎ、実り多い一年になることを祈る。


 それは——どんなに心が塞いでいても、明るい方を向いて新しいスタートを切りたいと願う、人間の切実な思いが形になったものに違いない。









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