空を飛ぶ


 鳥の声立春の空吸ひ込みて



「立春」は、春の季語。

 陰暦では、1年360日を二十四気七十二候に分け、それに基づいて季節を区切り、定めていた。「立春」はその二十四気の一つ。

2017年の立春は2月4日。暦の上ではこの日から春である。

俳句においても、立春以降は春の季語を詠む。





 立春が過ぎた。


 空気はどこか湿気を含んで、心なしかしっとりとした重みが感じられるようになる。

 春がそこまで来ている。

 そんなことをありありと感じさせる、微かな空気の潤い。


 冷えた中にも柔らかさを持ったその空気を吸い込んで、鳥が啼く。

 喉に行き渡る春の潤いを味わうかのように。



 その声は、みずみずしい透明感を含んで、耳に届く。





 子供の頃。

「鳥になりたい」と、本気で思った。

 毎日空を見上げ、空を飛ぶことばかり考えていた。


 飛行機や道具に頼るのではない。

 自力で。自分の力だけで飛びたいんだ。

 子供ながらに、そんな部分に力を込めながら、心に想い描き続けていたことを覚えている。



 自分の好きな時に、背の翼を動かして、好きな場所へ向けて羽ばたく。

 道順に従う必要もなく、道に迷うこともない。

 高い塀や壁に阻まれ、途方に暮れることもない。


 いかに所構わず人工物を作り上げる人間でも——空中にだけは、何も作ることができない。

 何の制限も障害物もない、ひたすら広がる空間。

 その空間を、好きなだけ、好きな方向へ飛ぶ。

 移ってゆく風景を高く見下ろしながら。



 鳥は、人間よりも数多くの色彩を目にしているという。

 人には見えない紫外線の領域を見る力を持つからだそうだ。



 森。湖。花畑。

 青く澄んだ海、雪景色——。



 風を切って、色鮮やかな世界を俯瞰する。

それはどんなに心地よく、美しいものだろう。





 人間が歩いて移動するように——鳥にとっては、飛ぶのが唯一の移動手段だ。

 生きるために、飛ばねばならない。

 そんなことは、分かっている。



 けれど——

 鳥も、飛ぶことを「楽しい」と感じているのではないだろうか。

 自分たちだけが神から得たその特別な能力を、存分に楽しみ、味わって生きているのではないだろうか。


 それ以外の動物には決して叶わない、自由と、風景を。




 そんなふうに思えてしまうほど——

 空を飛ぶことに、限りなく憧れる。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る