セックスフレンド


 目の前のしろき背遠く秋時雨



「秋時雨」は、晩秋に降る時雨のこと。さっと降ってすぐに上がり、時にしばらく断続的に降り続くような雨。夕立のように移動しながら降ったり、雨の間に太陽が顔を出すなど、趣深い。秋の季語。

 時雨は冬に多いため、ただ「時雨」といえば冬の季語である。




 一人で過ごす時間は、嫌いではない。

 むしろ、好きな方だと思う。


 それでも、「孤独」を感じる時はある。


 ひとりでいる時に感じる孤独。

 これは、そう感じても仕方がない、という思いが心の何処かにある。


 ——だって、今、自分はひとりきりなのだから。 

 寂しいと思ったって、それは当たり前。



 その一方で——

 誰かと一緒にいながら感じる孤独、というものがある。


 すぐ側に、温め合える相手がいるのに——

 その人の心が、こちらを向くことはない。



 それは——ひとりきりで感じる孤独よりも、遥かに孤独で、寂しい。







 セックスフレンド。

 使う頻度はともかく、今の時代ではそれほど珍しくない表現だ。


 しかし、この言葉を最初に考案したのは一体誰なのか……非常に興味深いものを含んでいる言葉だと思う。



 セックスをする関係の友達。

 とても不思議だ。


 友達とは何か。

 恋人とは何か。

「セックスフレンド」という言葉をずっと心の中で転がし、飴玉のように溶かしていくと、そんな思いに突き当たる。



 友達と恋人の境目はどこか。

 単純に考えれば、友達と恋人の境目は、「身体の関係を持ったか、持たないか」ではないかという気がする。

 触れ合いたいと感じること、性的に求め合うことそのものが「恋」だという感覚だ。


 けれど——「セックスフレンド」という言葉がある意味支持を得て、社会的に広まったということは……身体の関係で繋がっても、心理的には「友達のまま」なのだと、当人同士が認識している状況が少なからず存在する、ということだ。


 その関係の何をもって、「友達」という判断をしているのだろうか。


 例えば。

 小・中学生くらいの頃、運動会やキャンプファイヤーなどで、フォークダンスを踊った経験のある人は多いと思う。

 そういう年頃でもあったし、男子と手を繋ぐとか、かなり抵抗を感じた記憶がある。

 だが——

 特に好きでない相手でも、手を繋いだりした後は、なぜか不思議に距離が縮まったような感じがした。

 手を触れ合った、ただそれだけで……自然に笑い合えるような、温かい近しさが通い合ったような気がした。


 ほんのわずかな時間手を繋いだだけでも起こる、こんな心理的な変化。

 身体の関係を持ったふたりの間が、ただの友達のまま……という状況は、私の中では想像しづらい。



 だが……仮に。

 お互いの心の距離やその温度などには意識を向けず。

 セックス自体を、積み木遊びやかくれんぼと同じような、単なる「楽しい遊び」の一つ……と見なしてしまえば、どうなるだろう。


 その相手への思い入れとか、そんなものは一切差し挟まず。

 お互いに、ただ「したい」だけなのだし、別に嫌いではない相手だから、その時だけ単純に行為を楽しむ。

 セックスを、純粋にそういう戯れの一つと捉えたならば……

 かくれんぼをした相手を、特に恋しくは思わないのと同じように。

 特別な色合いを感情に乗せることなく、関係を持った後もその相手はさらりとした友達のまま。

 ……そういうことが、可能なのかもしれない。



 本当に、そう割り切れるのか。

 果たしてその思いは、本当に恋には変質していないのだろうか?


 そんなことは、きっと誰にもわからないし——おそらく、本人たちにもはっきりとは分からないんじゃないか。



 こう考えてくると……

 少なくとも、セックスという行為の意味や重さを従来に比べて希薄で軽いものと捉える人が増えたことが、この言葉を生んだ原因であることに気づく。

 避妊技術の発達なども、そのことを助長しているのだろう。



 セックスは、戯れのひとつ。

「セックス=恋や愛」とは捉えない、型にはまらないその自由さは、いかにも今様だ。

 お互いが、ちゃんと合意した上で楽しんでいるならば……そして、実際に誰かに悪影響や被害が及ばないのであれば、それはノープロブレムなものなのかもしれない。



 ただ——

 お互いの全てをさらけ出し、常識や理性、羞恥心などという普段の防護服を脱いで触れ合うその行為が、あまりにも軽く意味のない遊びに変わってしまうとすれば……

 ならば、人間同士の触れ合いの中で最も深い意味を持つ行為とは、なんだろう——そう考えずにはいられない。






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