唆る

 

 彼のひとの目の中の月もとめけり



 「月」は、秋の季語。月の澄んだ清らかさは秋に極まることから、単に月といえば秋の月を指す。




 澄んだ秋の夜。

 月を見上げる。


 横にいるひとの横顔も、明るい月に青白く照らされる。


 その静かな瞳の中の、輝く月。



 一言も交わさないまま——

 その瞳の月を、欲しいと思う。


 言葉を交わせば、心とは全く違う何かが口をついて出てしまうから。

 黙って、瞳の中の月を見る。



 月を欲しいのか。

 その人を欲しいのか。


 ——どちらでもいい気がした。


 そんな、月の青い夜だ。






 個人差はあるかもしれない。

 けれど、私の場合、強い色気を感じるのは、「見えそうで見えない」部分である。



 色気にも、いろいろな種類がある。


 例えば——

 ミニスカートから伸びる、綺麗な足。

 胸の開いた服から覗く、美しい谷間。

 キュッと腰のラインを強調するタイトスカート。

 こういうものは、「見せる」方向でアピールする種類のものだ。

 わかりやすく、健康的で明るい。



 けれど、ぞくぞくと体の奥から湧くような感情を掻き立てる艶やかさは、「見えやすさ」とはまた違う所にある気がする。



 唆られる艶やかさ。

 私の好みで言えば——


 まず、本人が「見せようとしていない」こと。

 見せようとせずに漂う色気には、視覚に働くだけでなく、「匂い」がある。

 そのたまらなく甘い匂いに、有無を言わさず引き寄せられる。



 純白の薄いブラウスやシャツ、ワンピース。

 清潔感のある襟元から伸びる美しい首筋や、うなじ、肩の曲線。

 胸元に僅かに覗く鎖骨、ふとしたはずみに現れる手首。

 シンプルな形のボトムスの下に感じる、ナチュラルな腰や脚のライン。


 ——こう書き出してみると、私の唆られる色気は、露出の多さや、性的なアピール度とは全く関係がない。



 何気ない装いの奥に、色気を感じる美しさが見え隠れする。……見えそうな、見えなさそうな。

 見えた瞬間にはっとするその艶やかさや、それに強く刺激されるぞくぞくとした感覚。

 ——それは、はっきりと目の前に見せられている状態よりも、数倍強い威力を持つ気がする。



 見えるものよりも、見えない部分に唆られる。

 この不思議な感覚は、どうして起こるのだろう。


 それは、もしかしたら——「想像」がそこに混じり込むせいかもしれない。

 はっきりと見えないから、続きを脳内で描く。

 自ずとそれは、自分好みの色や形に変換される。

 明らかに目で確認するよりも大きな奥行きや膨らみを持った、その「想像図」に、強く唆られるからなのかもしれない。




 本当に、気になる人を唆りたいならば——

 わかりやすくアピールするのもいいが、「シンプルさの奥に色気を感じさせる」……そんな演出も、また別の効果があるかもしれない。

 それは、衣服だけでなく、アプローチの仕方にも言えるだろう。

 丸出しの言葉、表現を使わない。

 一番大切な核の部分は、ギリギリまで秘めたままに——それは、「此処一番」のために大切にとっておく。

 それまでは、会話に必要な言葉に、ほんの少し色を加える程度に——。




 出し過ぎない。見せ過ぎない。

 そんな調整が、うまくできたならば——

 もっと見たい、知りたい——相手は無意識に、そして強烈に、その奥に隠されたものを求めるに違いない。




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