有限


 無に還る刹那に生まる流れ星



「流れ星」は、「流星」の傍題。秋の季語。

 流星は、8月中頃に最も多いと言われる。その正体は大気の摩擦によって灼熱発光した宇宙塵。その多くは燃焼し尽くしてしまうが、燃えきらず地上に落ちたものが隕石である。




 流れ星。

 なかなか見られないものだ。

 天体観測が趣味でもなければ、美しい流れ星をいくつも見た経験のある人はほとんどいないのではないだろうか。


 それでも、流星群の見える夜には、根気よく空を見上げれば、いくつかの流れ星を目にすることができる。


 宇宙の塵が長い旅を終える、その瞬間の光。

 無に還る寸前に、塵は輝き、流れ星に生まれ変わる。

 そう思うと、その輝きは一層愛おしい。


 流星群の夜。

 広い夜空に、星が流れるのを待ち構える。

 概ねの方角くらいしかわからないから、流れ星をしっかりと視界の中心にキャッチするのは至難の技だ。


 それは——

 ほんの一瞬引かれた細い光の筋を、目の端でようやく掬い上げるような感覚。

 本当に流れたのか、目の錯覚なのか——それほどに瞬間的な、儚い輝き。


 美しさを鑑賞するというより——

 私たちは、その儚さを愛おしむ。


 一瞬だから、愛おしい。

 人間は、そんなふうに感じる生き物なのかもしれない。






 時間がないときに限って、いろいろな仕事を片付けたくなる。

 そんな経験は、ないだろうか。


 時間があってもズルズルと放っておいた仕事が、外出30分前位からもりもり片付いたり。

 あと数分しかない……という時に、滞っていたことがすんなり形になったり。

 慌ただしく追い立てられている時間が、実は脳が最もシャープに働き、作業能率が最高レベルになっているんじゃないか……そんなふうにすら感じたりする。

 ——それは、単に私がズボラだから、かもしれないが。



 仮に——

 もしも、自分が無限の時間を手にしたら。

 例えば、人間が不老不死の薬を手に入れたとして。

 そんな状況下の自分をイメージしてみる。


 どんな精神状態になるだろう。


 もしかしたら——

 面倒なことや、難しいことは、「もう少し先でいいや」と思うようになりそうだ——私ならば。

 そして、結局、いつまで経ってもその事柄には手が伸びない。

 大事なことが、達成できないまま。解決しないまま。

 永久に、「今度でいいや」と思ってしまう——。


 ふとそんな滑稽な状況が浮かび、思わず苦笑した。





 ずっと欲しかったものを、努力を重ねてようやく手にした時。

 手の中にあるそれは、すんなり手に入った場合よりも何倍も愛おしい宝物になる。



 宝くじで、もしも高額が当たったら……例えば数十億とか、そういう単位の。

 そんな財産が突然手に入ったら、どうなるだろう?

 時々、そんなことを考える。


 それは当然、嬉しいはずだ。


 けれど……何かが、失われそうな気もする。


 欲しいものに手を伸ばそうとする、生き生きとした喜びや、活力のようなものが。


 お金というものは、さまざまな欲求を簡単に満たしてしまうから。

 財産が有り余るほど手に入ったとしたら——

 自分だったら……もしかしたら、いろいろなことが少しずつ、「まあ、いいや」に流れていってしまうかもしれない。

 何かを掴みたくて、必死に取り組む。苦しいことをコツコツ諦めず続ける。

 そういうハングリー精神というか、根性というか……そういうものが、どこか削がれそうな気がしてならない。


 お金が幸せの全てではないのに——「まあいいや、そんなつまらないこと」という勘違いを起こす自分を想像すると、何だかとても残念で、味気ない。

 



 きっと、時間や財産だけではない。

 どんなに大切なものでも、多ければ多いほどいい、というわけではないのかもしれない。


 限られた中に制約されるから、大切にしたいと思う。

 限りがあることを意識しているからこそ、苦しさを乗り越えて自分が手に入れたい物事を達成できる。


 限りのある環境の中で何かに真剣に向き合い、大切なものを真剣に愛おしむ。

 それは、私にとってこの上なく味わい深く、魅力的なことに感じられる。




 自分自身を満足させられる、何か充実したものの手触りを感じたいならば——

 人間は、「限りなく」という状態より、むしろ「限りある」環境の中に置かれた方がいいのかもしれない。


 人間は、結構ズボラで天の邪鬼で、かわいい生き物だから。






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