優しい仕組み


 教会の十字冬日に目を伏せて



「冬日」は、冬の太陽。また、冬の一日をいう場合もある。日差しは弱く、陰鬱な気持ちを誘うが、同時に懐かしさのようなものを覚える。

 冬至を過ぎると日脚は再び伸び始め、次第に明るさを取り戻し、春が間近であることを感じる。冬の季語。




  いつだったろう。

 幼い頃、誰かとどこかで浴びたことがあるような——あの時と同じ、冬の日差し。




 涙が出る。

 困る、と思うことも多い。



 感情が動くと、一気に溢れる。

 最近、目が熱くなってから涙がこぼれるまでの時間が、極端に短くなった。


 こぼれないように、目の中に貯めておくことが、どうしてもできない。


 溢れた途端、その粒はみるみる大きくなり——ストップをかけられないまま、目からぼろぼろとこぼれ落ちる。



 頰にできる涙の筋を、一筋だけに留められたことがない。


 一旦流れてしまうと——幾筋もの流れを作るまで、涙は溢れ続ける。

 涙は、まるで持ち主の心を占領し尽くしたかのように——

 我が物顔で、頰を、鼻を、顎を、繰り返し濡らしていく。


 それは——もう二度と止まることがないのではないか、と思わせるほどに。




 だが——

 涙が流れると、その後には——

 不思議に、嵐が去った後のような澄んだ青空が、心に覗き始める。

 悲しみに揺さぶられた心の震えが、安らかに凪いでいく。




 人間は、体外に何かを流し出すときに、心地良さを感じるようにプログラミングされているという。


 そんな生理的な仕組みが、涙にも働くせいなのだろう。






 悲しみに包まれ、涙を流した後には——心に日差しが差し込む。

 人体は、なんと優れた機能を身につけたのだろう。




 それは、もしかしたら——

 人間が、自分自身を悲しみから守り、心を救うために獲得した、この上なく優しい仕組みなのかもしれない。



 ——私には、そう思えてならない。








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