祈る意味


 無言てふやさしさのあり冬の月



 冬の月。

 冷えて澄んだ空気の中で鋭い輝きを放つ月には、その寒さも相まって、凄まじいほどの美しさがある。

 本当に美しいのは、秋よりも冬の月なのかもしれない。





 冬の月を仰ぐ。

 その澄み切った輝きへ向けて、思いを呟く。



 冴え冴えとしたその光は、もちろん何も答えない。


 けれど——


 微かな呟きを聞くために、その光が静かにこちらを向いてくれたような……そんな気持ちになる。



 月からの言葉など、あるはずもない。


 なのに——

 その光を浴びる自分の心に、何かの囁きが響くのを感じる。



 とても不思議だ。


 無言で自分を見守る輝きに、自分の思いを打ち明けてみると——

 今の自分に必要なものが、心の中にすっと見えてくる。

 ああ、そうなんだ——素直に、そう思うことができる。


 打ち明けた相手から、返事がないからこそ——自分の選ぶべき道が見えてくる。



 日、月。星。

 風や水。青空、雲。緑や花。

「神」とは——「自然」そのものなのかもしれない。

 無言である自然が、人の心を導く——そんな不思議な力に、人間が形を与えたものなのかもしれない。







 祈る。


 神に何かを祈る。

 祈ることで、神が自分に力を貸してくれることを願う。

 そういう気持ちで神に必死に縋りたいときも、時にはある。


 けれど。

 祈ることは、自分自身に語りかけることに近い気がする。




 自分の中にある願いや、悩み、苦しみ、後悔。

 それらのものを、祈りたいと思う時——不明瞭だった自分の心の中が、すっと整理される。

 漠然と広がっていたそれらの感情が、祈ることではっきりとした言葉になる。



 心の中のものが、そうして具体的に形を得た瞬間——

 私たちの脳は、自分自身の心がどこへ向かって動きたいのか、はっきりと把握することができるようになる。


 ——祈ることの本当の意味は、そこにあるような気がする。



 自分の手に入れたい願いを実現するために、自分は今何をするべきか。

 自分の求める安らかさを得るために、自分はどう日々を過ごせばいいか。

 自分自身を幸せにするために、自分の心とどう向き合えばいいのか。


 そういったことへの答えが、自分自身の脳からというより——自然にその筋道が見えるような、不思議な感覚を持って浮き上がってくる。





 何かに向かい、祈る。

 そこには、たった一人で心の中の戦いを続けるだけでは得られない、不思議な力が働く。



 何か目に見えない尊い存在を思い描き、高みにある何かに向かい祈る。

 その行為は——

 まるでその何かに、優しく見守られるかのように——

 自らが、空から客観的に自分を見下ろし、自分自身に温かい慈愛を注ぐ時間そのものになる。


 そんな気がする。




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