雲と空想


 なつかしきものみな冬の雲の上



 時雨模様や雪催ゆきもよいの日は、雲も暗く陰鬱だが、晴れた日に静かに空を飾る雲の表情は、その色も形も大変趣深く美しい。「冬の雲」は、冬の季語。




 冬の晴れた日の雲は、静かで穏やかだ。

 淡い陽射しと溶け合うように、柔らかく、どこか暖かい表情を見せる。



 雲に、乗ってみたい。

 実際はそんなことできないとは知りながらも——誰もが空を仰ぎ、そんな想豫をする。

 その上にはきっと、地上では決して出会えない素敵な何かがあるに違いない。

 雲は、見る者にそんなことを空想させる、不思議で魅力的な存在だ。




 宮崎駿の作品「となりのトトロ」を観たことのある人は多いと思う。私も大好きな物語だ。

 その中で、強く心を動かされたシーンがある。

 メイとサツキ、お父さんが、引っ越してきた古い家で、初めて夜3人でお風呂に入る場面だ。

 子供達は初めは風などの物音にびくびくしながらお湯に浸かるが、その雰囲気を感じたお父さんが、突然「わーっはっはっは!!みんな笑ってみな、おっかないのは逃げちゃうから」と、元気に子供達に話しかける。

 お父さんの笑顔に子供達はたちまち元気づけられ、最後にはお父さんに抱え込まれるように、湯船にみんなでざぶんと沈み込む。

 そうやってふざけあう笑い声を家の暗がりで聞いたまっくろくろすけ(ススワタリ)達は、月明かりの夜空へ一斉に飛び去っていく。

 そんなシーンだ。



 月明かりに照らされながら無数に舞い上がっていく、まっくろくろすけの波。


 実際には、ないはずの情景。

 作者の心が生み出した、楽しさと明るさに満ちた世界。



 その場面を観た時——心の中の何かが突然ほどけ、伸びやかな自由を得たような開放感に包まれた。



 ——空想の世界は、こんなにも自由なんだ。

 想像とは、どこまでも限りなく自由で——自分の思うまま、どんなに楽しい世界を広げることも可能なのだ。



 ならば——自分自身の心の中の世界も、きっと同じだ。

 自分の心は、何色に塗ってもいい。何を描いてもいい。


 それなら、自分が一番好きな色に塗って、とびきり楽しいものを描こう。

 どんなに明るく楽しいものを描いても、そこには制限などないのだから。



 ——そんな思いに私を導いてくれた、忘れられない場面だ。




 想像する自由。空想する自由。

 自分の心の中の世界を、自由に塗り、描く自由。


 それらは、よく似ている気がする。

 描き方次第で、それはどこまでも楽しく、豊かになる。





 心の持ち方。

 これほど人それぞれなものは、ないだろう。


 けれど——

 せっかく永く住み続ける自分の心なのだから。

 自分にとって居心地の良い、とびきりお気に入りの場所にしたい。



 緑の森や、花の咲き乱れる野原があって。輝く木漏れ日に溢れて。

 澄んだ泉や小川のせせらぎの音、小鳥たちの囀りなどが常に聴こえたら、きっと素敵だ。


 寒い夜は、暖かい火の燃える静かな部屋に、座り心地の良い柔らかな椅子と小さなテーブルを置いて。

 照明を少し落とせば、そこは私だけの隠れ家だ。


 そして——青空に浮かぶ真っ白な雲の上には、宝物のような懐かしい思い出をたくさん積んで。

 空を仰げば、その優しさや暖かさをいつも感じることができるように。


 



 心の中の、ごく一部でいい。

 どんな時も、そこに戻って来れば、いつでも静かに癒される場所がある。


 ——そんな居場所を、自分のために作ってやるのも、楽しいかもしれない。




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