拙い言葉


 本心を洗ひ出すかに髪洗ふ



「髪洗ふ」は、夏の季語。

夏は、汗や埃などで髪や頭皮が汚れやすく、不快な匂いを放ちやすい。そのため、髪を洗う回数が増える。その季節感や情感を詠む。




 髪を洗う。

 気持ちを切り替えたり、自分の心を客観的に見つめたりしたい時に、結構効果のある行為だと私は思う。

 髪を洗うことにより、心もスッキリと洗い流されたような爽快感を得られる。

 飾ったり隠したりしない、自分の心の本当の姿が見えてくる気がする。






「今日、◯◯にバカとか言われて超ムカついた」

「今日、◯◯くんにバカって言われて、すごく悲しかった」


 二つとも、ほぼ同じことを言っている。



 一つ目の言い方は、ある程度成長した男子、というところか。

 二つ目は、小学校低学年くらいまでの児童だろうか。



 言いたいことは、どちらも大体一緒。


 けれど——より一層心に訴えてくる言葉は、どちらだろう。


 私は、二番目の言葉だと思う。



 何が違うのだろうか。


 それは——自分の思いのありのままの姿を、一生懸命に伝えようとしているかどうか、ではないだろうか。



 しかし、成長に従い、人間はこれがなかなか難しくなる。




 ある程度成長すると、人は心のどこかで、素のままの自分を隠したいと思うようになる。

 格好悪い自分や弱い自分、恥ずかしい自分を、相手には見せたくない。そんな気持ちが、強力に働き始める。


 その結果——心を言葉にする時に、そんなウィークポイントをガードするような言葉を無意識に選び、変換するようになる。

 上の例で言えば、「すごく悲しかった」が「超ムカついた」という言葉に置き換わる。


 本当は、自分が傷つき、悲しい思いをしたとしても——そう簡単に、そういう表現はしなくなる。

 傷ついて悲しんでいるイメージを、自分に重ねて欲しくないから。そんなのは、どこか恥ずかしくて、自分が負けたみたいで、かっこ悪いから。



 そうやって、自分の本当の姿を隠すことでその場がうまくいくならば、それでいいのだと思う。


 けれど——自分の本心をちゃんと見せなければいけない時、というのがある。

 相手に、自分の本当の思いをまっすぐに伝える。そうしなければ、引き換えに大切なものを失うかもしれない——そんなシーンも、時にはある。


 例えば——

 誰かに何かを謝りたい時。または、心の行き違いを修正したい時。

 恋する気持ちや愛情を、相手に伝える時。

 いつも温かく見守ってくれる人に、感謝を伝えたい時。


 どれも、生きる上で避けられない——そして、この上なく重要なシーンだ。


 そんなシーンを幸せで満たすためには——ガードしたり恥ずかしがったりせず、自分の本当の思いをしっかりと相手に届けてくれる言葉を選びたい。



 大切な気持ちを相手に伝える。

 どんな言葉を選べば良いのだろう。



 仮に——最初に出した二つの例を、「バカ」と言ったその友達に面と向かって伝えたとしよう。

 一つ目の言い方であれば……相手は、「お前が本当にバカだからだろ!」などと反撃してきてもおかしくはない。

 だが——二つ目の言い方をされたら、どうだろう。

 きっと相手は、「……ごめん」と、まず言いたくなるに違いない。


 本心を一切隠さないその言葉が、心に訴えてくるからだ。

 ダイレクトに心に響く言葉というのは、破壊的な力を持っている。



 子供が、覚えたての数少ない単語を一生懸命使い、自分の思いを形にするために必死に紡いだ、つたない言葉。

 そこには、子供の言葉しか持ち得ない、聞く者の心を強く揺さぶる力が宿る。



 大人になった私たちが、そんな強力なパワーを言葉に宿らせることは、恐らく不可能だろう。


 けれど——どれほど真剣に、ありのままの思いを、伝えたい相手へ届けたのか。

 その思いの強さは、言葉に必ずこもる。

 その言葉が一生忘れられない宝物になるほど、そのひとを幸福で満たすこともできるかもしれない。



 キラキラとかっこいい言葉でなくていいのだ。見栄え良く飾り立てた言葉なんて、本心を覆い隠してしまうだけだ。

 たどたどしくても、不器用でも——心を何一つ包み隠さない素直な言葉こそが、聞く者の心を強く揺さぶる。




 大切な場面では——体裁やプライドや、大人の都合的な邪魔な感情は一切捨てて。

 飾り立てたり隠し事をしない、子供のように素朴でまっすぐな言葉を、大切なひとへ届けたい。





  


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