言葉交さず白息の交はりぬ


 

白息しらいき」は、「息白し」の傍題。

 冬は空気が冷たいため、吐く息が白く見える。気温などの条件により、はっきり見える時と見えない時がある。また、犬や馬などの動物の吐く白い息についてもこの季語を用いて詠む。冬の季語。





「慣れ」というのは、ありがたいものだ。

 どんなことでも、次第に慣れる。


 最初は難しいと感じたことも、何度か経験するうちに、慣れてくる。当たり前のことになっていく。

 勉強も、仕事も、毎日の生活も。

 ほぼ全てのことに、「慣れ」というものは作用していく気がする。



 だが——

 一つだけ、「慣れ」が通用しないものがある。


「恋」だ。



「恋はいつでも初舞台」

 そんな歌詞の演歌があった気がする。

 よく言い得ていると思う。




 何度恋を経験しても。

 心が大騒ぎを始めるその感覚には、慣れることができない。



 その人の視線が、言葉が、仕草の一つ一つが、心に飛び込んでくるようになる。

 気づくと、その人に頭の中を占領されている自分がいる。


 周囲の全てのものが、まるで別世界のように彩度を上げて眼に映り始める。

 自分へ向けられた、その人のほんの一瞬の視線や仕草、何気ない言葉が、舞い上がるほど嬉しくて。


 どう行動したらいいか判断できず、同じ場所を行ったり来たり。

 何気ない人間関係の一場面にさえ、じりじりと嫉妬心が湧き起こる。

 その人の些細な一言が心に刺さり、まるで全てを失ったように涙が流れる。


 そうして——一日の終わりには、甘味も苦味もごちゃ混ぜになった思いが押し寄せて、眠れない。



 全てを手に入れたような幸福感と、地の底に突き落とされたような絶望感。

 挙動不審で、情緒不安定。我を忘れる。

 この上なく特殊で尋常さを欠く精神状態。


 ——それを、「恋」と呼ぶ。





 しばらく恋から離れると、そんなものとはまるで無関係の場所に立つ冷めた自分を感じる。

 でも——ある時、また突然始まる。

 何かの弾みで、その人の心と自分の心が共振した、その瞬間に。

 無我夢中の感情は、否応なく動き出す。




 スマートな恋、大人の恋、などとよくいうけれど——

 年齢に関わらず、恋はきっと同じ姿をしている。

 心の中は、初恋と全く変わらぬ、一喜一憂大騒ぎのてんてこ舞いなはずだ。



  恋をする。

 その気持ちだけは、決して誰にも止めることができない。


 そんな溢れそうな思いを、誰にも感づかれないよう心の奥に抱く。

 ——敢えて言えば、それが「大人の恋」なのかもしれない。





 自分の身体と心が生きていることをありありと感じる、湧き上がるような感情。


 恋に「慣れ」がなくてよかった。

 そんなおかしなことを、時々思う。









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