101話

 

 音もなく雫溶けこむ秋の水



 秋になると、野外や器の中、台所など、どこに存在する水も、静かに澄み渡る気配を持つ。「秋の水」は、そんな水の様子を表す。秋の季語。




 秋の水は、ひんやりと静かに澄む。

 そして、どこかとろみがあるような滑らかさがある気がする。



 爽やかな、秋の庭。

 筧から手水鉢に、細く水が注ぐ。

 絶え間なく、微かな音を立てて、柔らかな波紋が水面に広がる。


 水面に落ちた雫は——水の中に、ゆっくりと溶け込む。


 本当は、その雫は一瞬で鉢の中の水と同化してしまうはずなのだが……

 とろりと滴る雫の粒は、水の中に落ちてもしばらくはその形を残しながら、少しずつ溶けていくのではないか——

 優しい秋の水の表情に、そんな錯覚を抱く。


 その音さえも、滑らかに水の中に滑り込むように——密やかに、濁りなく。


 新たなひとしずくが、秋の水にまた溶けていく。






 この話で、このエッセイは101話目になった。


 本当に、自分自身の独り言のように始めたエッセイ。

 誰かに読んでもらえることを、あまり意識せずに始めた……思い返すと、最初はそんなふうだった気がする。



 思いの動くままに。


 曖昧な気持ちの形を、少しずつ、指で辿るように——

 そして、指に触れたその形に寄り添う言葉を探し、綺麗な水で洗い……

 その時々に、一番必要な言葉たちだけを選んでは、一つ一つ並べて。


 並べた言葉の間を、自然に風が流れていくか——そんな思いで、綴ったものを読み返す。

 引っかかったり、淀みを感じるところは、滑らかになるまで手直しをして。

 綴った文章にすっと心地よさを感じる時、初めて自分の思いもすっと落ち着く。


 そんな作業を、繰り返してきた。




 このエッセイを書き始めたのは、昨年の7月。

 100話目を書いたのが、今月の半ば。

 計算すると、約1週間前後の期間に1話ずつ、書いてきたことになる。




 汗を流して、歯を食いしばり……そんな苦しみを堪えて書き続けたわけではない。


 けれど——

 ふと、心が黙り込んで、何も湧いてこない時があった。

 一人ぼっちで歩いているような心細さに、思わず立ち止まりそうになった時。

 こうして日々を歩いている、その意味がわからなくなりそうな時。

 悲しみに、自分自身が潰れそうになった時。


 そんなふうに足元がよろよろとおぼつかなくなった、その度に——

 気づけば、このエッセイを読んでくださる方々からの応援に、私は支えられていた。


 たくさんの方々が、暗く心細い道を共に歩んでくださったから、私はこうして歩いてこられた。

 今は——はっきりと、そう感じる。



 こんな些細な日々の思いつきや、愚痴や独り言ばかりのエッセイにお立ち寄りくださる全ての方に、心から、感謝の気持ちを伝えたい。

 このエッセイに、少しでも楽しさを感じ——どんなに小さなことでも、何かのお役に立ったならば——私にとって、これ以上幸せなことはない。




 これからも、今までと同じように、ぽつぽつと気の向くままに綴っていければ——

 気負わず、力まず、積み重ねていければ。


 滴り落ちる新たなひとしずくが、秋の水に溶け、静かに積み重なっていくように。



 ——そんなことを思いながら綴る、101話目である。






 

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