声を上げる
自転車を初めて漕ぎし夕桜
「桜」は、春の季語。
桜は、バラ科サクラ属の落葉高木の総称。自生種・園芸種を含めて数百種類ある。
少し前、近くの広い公園へ出かけた。
開花を始めた桜が、夕暮れの光に照らされていた。
淡い紫の闇とほのかな夕陽の橙色の混じり合う空に、まだ慎ましげに花びらをほころばせた桜。
二度と同じ繰り返しのないその刹那の美しさに、胸が締め付けられる。
私の横を、下ろしたばかりのようなピカピカの赤い自転車に乗った男の子が、ふと通り過ぎた。
我が物顔で自転車をこぐその顔つきが、「ほら、乗れるんだよ!」と言っているようで、なんとも微笑ましい。
一瞬、その子のハンドル操作が狂い、近くを歩く男性の足元に軽く衝突してしまった。
「……あ……!」
「おっと……大丈夫?」
怒り出すこともなく、微笑みかける男性。
男の子の顔は一瞬強張ったが、彼の優しい微笑みにほっとしたようだった。
「ごめんなさい」
「気をつけてね」
男性の優しさと、男の子の素直さ。
不意に目の前に生まれた、なんとも言えず温かな何か。
男の子がうっかり彼にぶつからなければ、その小さな幸せは生まれてくることはなかったのだろう。
そんな出来事を、私は何か不思議な気持ちで見届けた。
日本人は、諸外国と比較して「ビビリ」な民族なのだという。
以前、国民性の違いを示す面白いネタを見かけた。
「男を船から海に飛び込ませるには、それがアメリカ人ならば『飛び込めば君はヒーローになれる!』と言い、イタリア人なら『あそこで美女が溺れているぞ!』と言い、日本人なら『もうみんな飛び込んでますよ!』と言うのが効果的だ」、という。
どこか皮肉めいている気もするが、何気に的を得ているのかもしれない、とも思う。
アメリカ人の「ヒーロー」への憧れ。スーパーマン、スパイダーマン、アイアンマン……イーサン・ハント(個人的趣味。笑)。
悪を懲らしめるスーパーヒーローの存在は、いつ見ても胸がすく。
単純でシンプルだが、人間として生きる時に、こういう欲求はとても大切になることが多い気がする。
窮地に陥った時に先頭に立つ。強い決断力をもって危機を乗り切る。切り開こうとする逞しさと明快なパワー。
どうしようもない闇に落ち込んだ時、こういう強固な意志を持ち、迅速に動けることこそが人々を救う。
突出するのが不安。周囲に合わせないと不安。一方で日本は何よりもまずそういう観念が先に働く国民性を持っている気がする。
従順で、真面目。集団の中にいることこそに安心感を見出す。
これもまた、重要なシーンでは欠かせない要素だ。指導者の言葉に真摯に向き合い、その内容に沿った行動を一人一人が取れる。ある意味これも非常に難しく、達成できれば大きな力に結びつくものだと思う。
ただ。
何かを変えたいと望む時、黙って俯き耐えることしかできない国民性は、自らを絶望的な危険に晒す致命傷になるかもしれない。
トップの導きが「間違いない」とは、決して言い切れないからだ。
間違いなく全ての国民を幸福へ導けるトップなど、きっとどこを探してもいない。
だからこそ、人々は疑問には声を上げる強い力を持たなくてはならないのだと思う。
テレビやツイッターを少し眺めているだけでも、今の社会の諸問題に向けて様々な分野の専門知識を持つ人たちからの聡明なコメントが次々と打ち出される。「おお!」と納得し、感動し、目が醒める、そんな意見があちこちに輝いている。
なのに、そういうお宝はなぜか放置されっぱなし。そんな社会になればと誰もが思うのに、結局そこにはどうやっても至らない。
これほどに素晴らしい宝の山が、なぜ一切有効利用されず、現状は何も変わらないのか。
上と下が、繋がっていないから。
「上から下へ」。トップダウンの矢印しか、日本には存在しないから。
しかも、上層部はある意味「雲の上」に住んでおり、一般国民の置かれているリアルな苦しさを全く把握できていないから。
そうとしか思えない。
もっと鋭い爪や牙を、私たちが持てたら。
個々人でいくら牙を剥いても決して変わっていかないこの状況が、つくづく歯がゆい。
国民がひたすら従順に、黙々と俯き真面目に生きているだけでは、どんな失態を演じても胡座をかいていられる上層部は、いずれその力を自分自身の利益のためだけに使うようになる。怒られなければ宿題もせずに好き勝手なことを始める小学生と同じだ。
そして我が物顔のガキ大将は、平気な顔でますます弱いものを踏みにじる。
人間とは、結局そういう生き物なのだろう。
上に立つものの危機感を揺さぶる強い波や、激しく衝突し、ともすれば権力を奪う力を持つ反対勢力。そういう大きい存在が起こり、動かない限り、きっと今の社会の現状は何も変わってはいかない。
だが——
今や「国民の声が届かない」ことが当たり前になってしまった日本。
この社会構造はもはや永久に崩れない強固さを備えてしまったような気さえする。
上がただ下を支配するだけではなく。
下が動く。
下が声を上げることで、上を動かす。
そして、下の声を、上が吸い上げる。
そういう流れが日本に生まれることを、切に願う。
でなければ、遠からず日本は急速に衰退し、完全に沈んでいってしまう気がする。
——もはや一刻を争うレベルで。
社会の隅っこで誰かが一人でいくらそう呟いたところで、何ひとつ変わらないのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます