夏の裏道
とりどりの水筒を守る夏木立
「夏木立」は、夏の木立。暑い日差しを浴び、広い木陰を作って群れ立つ木立が連想されることが多い。
「夏木立」は、夏の季語。
自宅の近くに、中学校がある。
夏休みが近くなり、短縮授業になっても、部活の練習は短縮されない。
暑い日差しの注ぐ校庭に、野球部やテニス部など、練習に励む中学生の掛け声が響く。
桜並木の青葉が作る木陰の道を歩きながら、汗を流す彼らの姿を眺める。
よほど水分を摂らなければ——そう思いながら見ていると、校庭の隅の木陰に、たくさんの水筒が置いてあることに気づいた。
赤や青、黒、茶——無造作に置かれた、色とりどりの水筒。
そんな使い込んだ水筒を守り、冷やすように、夏木立がさらさらと揺れている。
日差しをじりじりと浴びながら青々とざわめき、その下にあるすべてのものを癒す。
そんな夏木立の、生命力に溢れた優しさを思った。
昼間、炎天下を外出したついでに買い物をして帰って来た。
歩いて出かけたことをすっかり忘れ、気づけば随分かさばる重いものをたくさん買ってしまった。
けれど、買ってしまったものは仕方ない。
両手に重い荷物を提げ、覚悟を決めて日傘をさす。
店の外に立つ。
自宅への道は、二通りある。
一つは、大きな通りをまっすぐに進む方法。
こちらの方が、距離的には近い。
もう一つは、団地や住宅街の間を通る裏道を行く方法。
曲がりくねるように進むので、距離はこちらが遠回りだ。
強い日差しを何とか日傘で遮りながら——
私の足は、迷うことなく裏道を選んでいた。
距離にすれば、明らかに大通りを選んだ方が早い。
だが——自動車やトラックがひっきりなしにスピードを上げて通り抜ける、あの道。
車の起こす騒音と熱風に煽られながら、大荷物を提げて炎天下の窮屈な歩道を歩くのは、耐えきれない気がした。
もう一方の裏道は、とても静かだ。
公園がそこここにあり、子供たちの楽しげな声が聞こえる。
木立が茂り、青葉のざわめきと木陰が爽やかな空間を作る。
家々の庭に咲く夏の花々の、鮮やかな赤や黄色。
百日紅の懐かしい桃色。
菜園を柔らかに横切っていく揚羽蝶。
湧き上がるように生い茂る、瑞々しい夏草の野原。
進む遥か先の青空にそびえる、入道雲。
重い荷物を持ち、ヒールの高めなサンダルに日傘。うだるように暑い日差し。
少なくとも楽なはずのないその道のりは——きらきらとした夏の気配と、浮き立つような楽しさに満ちていた。
人の気持ちとは、不思議なものだ。
物理的にいくら近道でも——心を癒すものの存在しないその道のりは、苦痛以外の何物でもない。
荷物を抱えていても、遠回りでも——
ささやかな、心を癒す存在がその道の両脇にあるならば……私たちは、乾いた苦しさを凌いで、歩き続けることができる。
ならば——
こうして生きている毎日も、それと同じなのかもしれない。
好きな本、好きな絵、好きな音楽。
好きな場所、好きな景色。食べ物、飲み物。
打ち込める趣味やスポーツ——
それはきっと、何でもいい。
自分の心を癒し、満たしてくれる、ささやかなもの。
誰の身の周りにもきっとあるそれらの優しい存在に、目を向けることができたら——
苦しさや辛さ、悲しみや疲労……そんな人生の荷物の重さに、何とか耐えながら——私たちは、この遠い道のりを、少しでも軽やかに歩いていけるのかもしれない。
明るい輝きに満ちた、夏の裏道を歩くように。
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