容姿


 春の服胸のくらさを覆ひけり



「春の服」は、「春服しゅんぷく」の傍題。春の軽やかな衣装のこと。明るい柄や春らしい色彩の衣服を指す。春の季語。


 


 気持ちの打ち沈んだ春の日。

 その思いを覆い隠したくて、敢えて華やかな明るい服を選んだ。


 あとは、口元に微笑みさえ貼り付けておけば——

 軽やかなその布の内側に隠した重い昏さは——きっと、誰にもわからない。







 見た目に惹かれる。

 このことには、一体どれだけの意味があるのだろう。




 外見の良さがイコール内面の充実であれば、誰もが美しい相手を選びたくなっても不自然ではない。


 だが、外見と内面は、必ずしも一致してはいない。



 それなのに——なぜ、容姿の美しさは、強く人間の心を惹きつけるのか。

 愛したい相手の条件として、なぜ重要性を持つのだろう。




 野生の動物の場合は、異性の外見は種の存続のために欠かせない条件だ。

 特にオスの体の大きさや強さ、羽の鮮やかさなどは、ダイレクトにその個体の健康度の目安になる。

 生命力の強い子孫を残すため、優れたオスかどうかをその外見から判断することは、メスにとって何より重要な仕事だ。



 だが、現代の社会においては、人間は、皆大体同レベルで健康だ。大きさや強さ、美しさなどの条件と生存競争は、もはや何の関係もない。


 それでも、相手の判断基準から「外見」という要素を取り除けないのは——

 進化の過程で、例え重要度の低い条件になったとしても……そういう生物学的な何かが、今なお本能の奥底に残っている……ということなのだろうか。




 そんな、私たちの心理がなぜか執着する、容姿の美しさ。

 だが——人間が美しいと感じる容姿の基準は、実はとても曖昧で流動的だ。

 時代や文化により、その判断基準は全く異なる。

 例えば……平安時代の絵巻物に描かれた、美男美女の顔。または、ブラジルなどの国で美しい女性の条件とされる、とても大きく肉付きの良いお尻。

 現代日本に生きる私たちの感じる美しさとはだいぶ違うことは、少し例を思い浮かべるだけでも感じることができる。


 しかも——表面的・肉体的な美しさは、時間と共に必ず失われていく。

 若い時の肌や髪の艶、体型などの輝きを完全に保ったまま年齢を重ねることは、どんな美男美女であっても絶対に不可能だ。



 そんな、あくまでも感覚的、流動的で不確かなものが、常に人間の心を捉えて離さない。

 これは、一体何なのだろう。




 もしかしたら——

 人間の条件として大きな意味を持たないものに、私たちは必要以上に惑わされているのかもしれない。


 あまりにもそれにこだわれば——自分が心安らかに寄り添っていける最高な相性の相手を見逃すという、妨害的要素となることすら考えられる。




 しかし、逆に言えば——

 外見や条件などの表面的な魅力に左右されずに、相手の内面をちゃんと感じ取ることのできる人は、幸せを掴む能力の高い人……そう言うこともできるだろう。

 タイムマシンで操作されたとはいえ、未来のしずちゃんがのび太と結ばれて幸せを得たように。




 人間の外側に気を取られず、中身を見ることに集中する。

 そんなことを意識してみると——今まで気づかなかった新たな何かが、見えてくるかもしれない。






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