笑い
梅雨寒の額寄せ合ひにらめつこ
「梅雨寒」は、梅雨の頃の季節外れの寒さ。北海道では霜が降りることもある。
「梅雨寒」は、夏の季語。
夏を間近に控えた梅雨の最中。
どんよりと垂れ込めた雲からひたすら雨が落ち、時に肌寒さをも感じる日々に、明るく輝く日差しが恋しくなる。
そんな、薄暗く閉ざされた部屋で過ごすうちに、気づけば自分自身が深い孤独の中に置き去りになったような錯覚を覚える。
何を失ったわけでもないのに——たまらなく寂しく、人恋しい。
昔、兄弟や友達としょっちゅう遊んだ「にらめっこ」を、ふと思い出した。
何の道具も必要なく、ただ互いにおかしな顔を見せ合って笑う、明るく屈託のない遊び。
——こういう日は、誰かとにらめっこでもして。
額をくっつけあって、互いの温もりを感じながら子供のようにひたすら笑っていたい。
気づけば、そんなことを思った。
笑うこと。
これは、人間の心にとって、恐らく不可欠だ。
「笑い」は、人の心を明るい方向へ向けてくれる。
弱った心を支え、救ってくれる。
「笑い」にはガン細胞を撃退する力がある、ということが、医学的にも証明されているそうだ。
だが——
「笑い」には、「質」がある。
一歩間違うと、「笑い」は人を大きく傷つけもする。
知人に、からかいの言葉で笑いを取ろうとする人がいる。
例えば、友達と遊びに出かけた外出先で雨が降り出した時に、友人の一人を指差して「こいつ雨男だから」とネタにする。
懸命に勉強や仕事に向き合う人に「珍しいじゃん。雪降っちゃうんじゃねえ?」という言葉をかける。
思うような結果を出せず落ち込んでいる相手を「いつものことだろ」とあしらう。
彼は、軽く冗談めいた言葉で、笑いを誘うつもりなのだと思う。
それを聞く側も、そうやって醸し出される軽い空気に何気なく反応して、つい何気なく笑ってしまう。
だが——言った本人も、聞いている側も、「言われた側」の気持ちには驚くほど鈍感だ。
私も、言われた相手の顔が悲しげに歪んだその一瞬を目にするまでは、それに気づくことができずにいた。
——その笑いが、人の気持ちを無神経に踏みつけることで発生しているものだ、ということに。
親しい人からその言葉を投げつけられ、笑われた相手は、屈辱の混じった冷たい悲しさを味わっている。
——その気持ちを思えば、そこで笑ってしまってはいけないのだ。
「ただの冗談だ」で済ませてはいけない。
その人が、もしそのことを本気で悩み、気に病んでいるとしたら——相手の心は、深く傷つく。
軽いからかいや冗談のつもりだったという言い訳をいくらしても、何の意味もない。
それを言った人の配慮の浅さ、無神経な残酷さがそこにあるという事実を、相手の心から拭うことはできないだろう。
頻繁に目にする芸人の笑いは、ボケとツッコミというスタイルで成立しているものがとても多い。
「ボケ役」、「ツッコミ役」の存在は、一瞬で周囲の気を引く分かりやすい笑いを生むためにはとても都合の良いものなのだろう。
また、漫画や小説の中でも、登場人物たちの会話を軽快に進めるには、ボケツッコミ的なやりとりがいいアクセントになる場合がある。気心の知れたコミカルで親しげな空気をその場面に生み出す一つの方法だ。
だが——芸人でもなく、創作の登場人物でもない私たちが、そんな種類の笑いを普段の会話の中に安易に作り出そうとするのは、とても危険だ。
笑いを取る前に、その相手が不愉快な思いをしないか、深く傷つくことがないか……そういうことに配慮する方が、はるかに重要ではないだろうか。
ボケツッコミの乗りで笑いを取りたいならば、突っ込む側は、その言葉が相手を傷つけないかどうかをしっかり見極めなければならない。
あるいは、自分自身がボケ役に徹すれば、他人を傷つける心配はないだろう。
自分勝手な感情を軽率に投げつけるようなツッコミを誰彼構わず吹っかけるような笑いは、「笑い」ではない。——それはむしろ、「嘲笑」だ。
誰かの心に不幸を生むものを、「笑い」とは言わない。
笑いには、その人の人間性や知性、言葉のセンスなどが思った以上に現れる。ある意味、非常に難しく、繊細なものである気がする。
その場に笑いを起こそうと思うならば、慎重な状況判断が不可欠だ。
目の前のシーンは、笑いにしていい場面なのかどうか。
そして、その言葉で、不愉快な思いをする人がいないか。傷つく人がいないか。
そういう配慮ができなければ、笑いなど狙うべきではない。
本当に上質な「笑い」——誰もが幸せな気持ちを味わえる「笑い」は、それを言うものの気遣いが隅々まで行き渡って初めて生まれるものではないかと思う。
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