窓が切り取るもの


 戯るる風に応へし桃の花


 

 桃は、地域により差異はあるものの、一般的に3月中旬〜4月中旬頃に開花する。花色には淡紅色や緋色、白色などがあり、花形は一重と八重がある。

『万葉集』の頃よりその美しさは愛され、また邪気を祓う霊力があるとされ珍重された。

「桃の花」は、春の季語。






 リビングにある、小さな東向きの窓。

 私のお気に入りの窓だ。



 そこから、心地よい春風が流れ込んでくる。

 絹のよう……というと、月並みだろうか。

 限りなくきめの細かい、どこかとろみさえあるような滑らかさ。


 窓から顔を出し、頰や首筋にその肌触りを心ゆくまで味わう。




 その窓は、近くの住人が共同で使用する菜園に面している。

 視界をさえぎる建物も、車が行き交う通りも近くにはない。


 人工的なものから遠い静けさの中、その窓には、屋外のさまざまなものがダイレクトに届いてくる。



 日差しの色。空の色。風の音。

 木立の葉の色、植えられた野菜たちの色。

 畑の手入れをする人の姿。

 今は、桃がひときわ鮮やかに紅色の花をつけている。




 その窓からは、その折々のたくさんのものが見える。

 見える、というより——感じられる。




 窓が切り取る、ということには、時別な魅力がある気がする。


 漠然と全身で受け止めているだけでは気づかない——季節とともに移り変わっていく、細やかな色や音。匂いや肌触り。

 切り取ったからこそクローズアップされ、一層濃厚に体感できるものが、そこにはある。



 新芽の色、花の色。

 若葉の鮮やかさ。

 静かなのにどこか明るい、雨だれの音。

 揺れる青葉の葉擦れの音。


 闇の中に飛び交う虫の音。

 時に柔らかく、時に冷ややかに差し込む月の光。

 冬枯れた木々や土の落ち着いた色合い。


 季節ごとに変わる、風の匂いと肌触り。




 決して大きな窓ではない。

 そのサイズだからこそ感じさせてくれる、屋外の明るさと暗さ。心地よさ。




 外へ出るのとはまた趣を異にする四季の味わいが、窓からは得られる。

 季節ごとの、五感で感じる魅力を濃縮して届けてくれるような、深い味わい。





 今日も、その窓を開けて、顔を出す。肺いっぱいに空気を吸い込む。



 その外へ、静かに意識を放てば——また新しい何かが話しかけてくる。








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