川面と記憶

 

 遠ざかるものみなひかる秋の川



「秋の川」は、秋の季語。

澄んだ秋空や紅葉を映して冷やかに流れる。

俳句の上では、「秋」は立秋(2016年は8月7日)〜立冬(2016年は11月7日)の前日まで。

 



 私の母の生家のすぐ側には、大きな川が流れている。

 水郷と呼ばれるその街の一帯は、かつては舟が重要な交通手段だった。

 今も、その面影を色濃く残す趣のある街並が残っている。川沿いに観光用の小舟が用意され、水路を巡って観光客を楽しませる。


 私も幼い頃から両親に連れられ、帰省がてらよくその川へ遊びに出かけた。

 水路巡りの小舟に乗った時には、船頭がこともなげに船縁を歩きながら長い棒で船を操る様子に、内心ひやひやした記憶がある。



 今も、その街へ時々出かける。

 ゆっくりと流れる時間が心地よい。



 秋晴れの午後。

 何気なく、客を乗せて水路を行く小舟を眺めた。

 舟は、穏やかな波立ちの跡を水面に残しながら、秋風の中を進んでいく。

 波紋が、静かに落ちる陽射しにきらきらと輝く。


 川の面は、遠くにいくほど強く輝く。

 眼下ではひたすら穏やかに見える水の色は、遠ざかるほど強く陽射しを反射する。

 秋風に水面がさざめき、それは細やかな輝きを見せて遠くまで続いている。


 

 高く澄んだ空を仰ぎ、川の匂いのする風を胸に吸い込んだ。

 昔、母が味わったであろう同じ空気を。

 少し冷たく爽やかなその風は、さらさらと静かに髪を撫でて流れていく。 




 目の前にあるうちは、それがどんな輝きを持つものか気づかないのだが——遠ざかれば遠ざかる程、愛おしいきらめきを強くする。

 秋の川面は、なんだか自分の記憶と似ている——そんな気がした。










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